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75件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 上勝町

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天保14年の洪水

天保14年(1843)7月7日、大洪水により勝浦川が大氾濫した。「七夕水」と呼ばれた。下流の沼江、中角、今山はもちろん、宮井では井関がつぶれ、本庄では丈六寺山門の下手の土手が破堤し、大災害を受けた。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)、「阿房水」と呼ばれた大水で田浦村で堤が切れ、田浦・前原両村の田畑が土砂で埋まった。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)、「阿房水」と呼ばれた大水で田浦村で堤が切れ、田浦・前原両村の田畑が土砂で埋まった。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)11月5日~6日、大地震のため、田野々の刈揃(かぞろ)山北側の山辺りに東西方向に延々と亀裂が生じた。 その後、大雨の浸透により、安政2年(1855)8月、刈揃山は大崩壊し、現在のような蛇紋岩の赤裸々な山肌を露呈した。大崩壊の轟音は遠く樫原村... 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)11月5日~6日、大地震のため、田野々の刈揃(かぞろ)山北側の山辺りに東西方向に延々と亀裂が生じた。 その後、大雨の浸透により、安政2年(1855)8月、刈揃山は大崩壊し、現在のような蛇紋岩の赤裸々な山肌を露呈した。大崩壊の轟音は遠く樫原村... 続きを読む

安政3年の洪水

安政3年(1856)8月1日、大洪水により勝浦川沿岸では多大な被害が出た。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

安政3年の洪水

安政3年(1856)8月1日、大洪水により勝浦川沿岸では多大な被害が出た。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

安政4年の洪水

安政4年(1857)7月1日、大洪水により勝浦川上流の各村は大きな被害を受けた。田野々村では、居宅・納屋の全壊8棟、半壊30棟、稲の被害3割、山畑5割、立木の被害2割であった。(「旭文書」による) 続きを読む

安政4年の洪水

安政4年(1857)7月1日、大洪水により勝浦川上流の各村は大きな被害を受けた。田野々村では、居宅・納屋の全壊8棟、半壊30棟、稲の被害3割、山畑5割、立木の被害2割であった。(「旭文書」による) 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月1日から雨が降り続き、8日夜には暴風豪雨となって勝浦川沿岸では50余箇所で大破堤を来した。「寅の大水」と呼ばれる。宮井村では野上の堤防が約140~150間切れ、飯谷村では長柱名西分の山腹が崩壊し、家屋が流出、死者が出た。(「勝浦郡志」に... 続きを読む

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