検索結果

45件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 吉野川市(鴨島町)

年代順で並び替える : |

明和2年の大雨

明和2年(1765)6月、暴雨。8月には霖雨。 続きを読む

安永元年の洪水

安永元年(1772)夏、大水。秋には風雨。阿波国内、穀物実らず。 続きを読む

弘化3年の洪水

弘化3年(1846)7月1日から雨が降り続き、9日夜分に出水、牛島の堤防が5箇所切れ、牛島で家が10軒ほど流されるなどの被害が出た。(高原の「元木家日記」による) 続きを読む

嘉永6年の干ばつ

嘉永6年(1853)5月から8月にかけて、90日間降雨なく、田畑の収穫減少して、種子に事欠く。 続きを読む

安政元年の地震

嘉永7年(1854)11月4日午前9時頃、大地震が起こり、翌5日夜明けまで地震が5、6度に及んだ。5日8時頃大震、12月にも強震がった。人々は竹藪の中などに小屋が消して避難した。 続きを読む

慶応2年の寅の大水

慶応2年(1866)8月1日から7日まで降り続けた大雨は、7日夕に未曾有の大水となって、ところどころで堤防が決壊した。各郡とも大被害を受けて人畜の死傷が甚だしく、良田は砂磧となり、秋の収穫を失った上に、貨幣の変動が加わり、人々の困難は局地に達したため、「寅の大... 続きを読む

明治17年の台風

明治17年(1884)8月26日、暴風雨により、江川はふくれあがった吉野川の濁水で区別できなくなり、名西郡高原西小学校が流出したほどであった。このため、農作物は大被害を受け、米麦の価格が高騰して人々は大変困窮した。 続きを読む

明治21年の洪水

明治21年(1888)7月21日、吉野川の大洪水はその曲流部にあたる藍畑西覚円、板野郡西条、阿波郡知恵島の堤防を決壊させ、死者26人、流失家屋188戸、田畑400町歩の被害を与えた。この災害は、明治19年以来着手していた吉野川改修工事を中止させた。 続きを読む

明治32年の洪水

明治32年(1899)7月、洪水により、鴨島町で堤防が決壊した。 続きを読む

明治32年の洪水

明治32年(1899)7月9日、暴風雨により、鴨島町牛島の堤防が決壊して江川が吉野川の本流となり、濁流は破堤部から石井町に向けて押し寄せ、浦庄、高原、高川原等が一面に泥海のようになった。人々がよじ登った大木が根こそぎとなり、牛馬は数多く流され、人々は生きた気持... 続きを読む

1 2 3 4 5