検索結果

126件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 小松島市

年代順で並び替える : |

昭和6年の低温・多雨

昭和6年(1931)7月、連日のように梅雨が梅雨が続き、降雨のなかった日は2日間しかなかった。気温は7月としては最低気温となり、日照時間は平年の半分に満たない状態であった。このため、稲の成長が不十分で、さらに虫害が発生し、9月、10月の台風も重なって、稲作の被... 続きを読む

大正12年の台風

大正12年(1923)9月15日、台風が室戸岬南方から南紀に上陸し、これが晩稲の出穂期に当たったため、被害をもたらした。 続きを読む

大正10年の低温・多雨

大正10年(1921)6月、梅雨のため低温、少照となり、大正3年(1914)以来の麦の不作をもたらした。 続きを読む

大正7年9月の台風

大正7年(1918)9月14日、台風が南紀に上陸した。雨量は少なかったが、稲の開花期に辺り、8月の低温・多雨と重なり、稲に被害を与えた。 続きを読む

大正7年8月の台風

大正7年(1918)8月29日、台風が室戸から徳島県の海岸をかすめ和歌山県に上陸した。1日雨量は、勝浦川上流の福原で408ミリ、那賀川中流で300ミリ以上に達し、那賀川で洪水が発生した。 続きを読む

大正4年の台風

大正4年(1915)9月8日、台風が鹿児島県に上陸し、九州を北上した。雨量は少なかったが、稲の開花期に当たりカラ風のため、明治32年以来の大被害となった。特に海部郡の被害は大きかった。 続きを読む

大正3年の多雨

大正3年(1914)、暖冬と多雨のため、麦作は明治36年(1903)に次ぐ被害を受けた。 続きを読む

大正元年の台風

大正元年(1912)9月22日、大型台風が県南海岸を北東に進み、夜半小松島を通過して阪神に上陸した。22日からの2日間雨量は、勝浦川流域で500ミリ以上、那賀川中流で600ミリ以上に達し、勝浦川の丈六寺及び那賀川の岩脇で6.3mの出水となった。本県の各所で水害... 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日、夜来の豪雨により、勝浦川は大洪水となり、人家の浸水、農作物の被害は甚大であった。(徳島日日新報による)この時の小松島の被害記録は不明であるが、古老の話によると、小松島一帯は湖海となり、金磯に土砂が流れて溜まり、泥水を流すため、排... 続きを読む

明治43年の大火

明治43年(1910)3月の昼過ぎ、中郷村(現在の中郷町中央通の南東付近)に大火災が発生し、約20戸の家屋が焼失した。当時発足したばかりの県組(あがたぐみ)の活躍はめざましいものがあり、隣接民家への延焼を防ぐため、北側の家を破壊して火みちをつくり、被害を最小限... 続きを読む

1 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13