検索結果

65件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 那賀町(鷲敷町)

年代順で並び替える : |

天保6年の風雨

天保6年(1835)夏秋の頃、霖雨甚だしく、二百十日は東の風大いに吹き荒れ、後になって西風となり吹き返し、そのため稲毛全部白穂となる。 続きを読む

天保12年の干ばつ

天保12年(1841)、大旱害。 続きを読む

天保13年の大洪水

天保13年(1842)、大洪水。 続きを読む

嘉永2年の酉の水

嘉永2年(1849)7月10日、11日の大雨は前代未聞の大出水を引き起こし、世人はこれを阿房水と命名した。酉の阿房水と言われる。被害を受けた田畑は、被害の多少に応じて2年間年貢を免除された。 続きを読む

嘉永4年の雪解水

嘉永4年(1851)2月、雪解水が押し寄せて材木類がたくさん流れた。小仁宇の庄屋、秋本和三郎の手先で懸け留め置いた材木を多い村(加茂谷)の流水改所へ届け出た文書が秋本家に残っている。 続きを読む

嘉永5年の干ばつ

嘉永5年(1852)、大干数ヶ月に及び、野に緑色なく、草木枯死せんとした。 続きを読む

嘉永6年の干ばつ

嘉永6年(1853)5月より90日間雨が降らず、飲料水にも事欠いた。 続きを読む

安政元年の地震

嘉永7年(1854)11月4日午前10時地震が発生し、半時ばかり西より東に揺ること尋常一様ではなかったが、5日午前4時一大地震揺出して西南の方より天は崩れ、地は割るかと思うような地鳴りが鳴出し胆をつぶしたという(古老が見聞した話による)。また、古老の話によると... 続きを読む

安政4年の八朔水

安政4年(1857)8月1日、大洪水。7月29日夕方から降り出して8月朔日に大洪水となった。事跡は残っていないが、八朔水という言葉は古老の口碑に残っている。 続きを読む

万延元年の風雨

万延元年(1860)8月5日の風雨出水により、小仁宇では田畑、用水溝、井堰に被害が出たが、人畜その他にはあまり被害はなかったらしい。 続きを読む

1 2 3 4 5 6 7