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38件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 大三島

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明治17年8月の台風

明治17年(1884)8月25日に暴風雨があり、以下の被害が出た。死者宗方村8人・台村8人、負傷者台村1人、家屋流失宗方村31戸・宮浦村11戸・台村4戸、家屋潰崩宮浦村3戸・台村8戸、家屋破損宮浦村85戸・台村20戸、道路破損宮浦村4箇所(70間)、橋梁破損宮... 続きを読む

明治17年9月の台風

明治17年(1884)9月17日、暴風雨激浪があった。(「大三島町役場文書」による) 続きを読む

明治18年の洪水

明治18年(1885)5月頃、大洪水が発生し、裏の山が崩れ、4歳の子どもが亡くなった。(「万福寺過去帳」による) なお、この時の宗方・口総・浦戸・野々江各村の被害状況が記されている。(「大三島町役場文書」による) 続きを読む

明治19年の暴風

明治19年(1886)8月19日、潮害により損失。(「明治20年定格臨時諸調書」による) 続きを読む

明治19年の風害

明治19年(1886)9月10日、風害により家屋転倒8軒。(「明治20年定格臨時諸調書」による) 続きを読む

明治38年の台風

明治38年(1905)7月2日、暴風雨で母子が流され、母は助けられたものの、4歳の娘の死体は翌日干島で漁師に見つけられた。 また、13日にも暴風雨が再来して、落ちた石橋を取り除く作業を手伝っていた人が亡くなった。(「万福寺過去帳」による) 続きを読む

明治38年の大雨

明治38年(1905)10月、大雨により、宮浦村本川とその支流明治川が決壊し、盛口村では井口小学校前の大川も決壊した。いずれも地上5~10mの高さの天井川であるため、瀑布のような勢いで土砂が流れ広がり、田畑や人畜の被害が大で、その額は当時10数万円と伝えられる... 続きを読む

昭和25年のキジア台風

昭和25年(1950)9月13日~14日のキジア台風により、明日大川の堤防、浦戸堤防などに被害が出た。 続きを読む

昭和36年の第二室戸台風

昭和36年(1961)9月16日、第二室戸台風による被害は、特に肥海の古江地区が大きく、海岸線堤防が10箇所にわたって決壊し、唯一の幹線道路である大三島環状線が水浸しとなって交通不能の状態が続いた。また、耕地約6町歩が潮害を受けた。(「広報大三島」による) 続きを読む

昭和38年の長雨

昭和38年(1963)4月から6月にかけて雨が続き、大三島の降水量(宮浦中学校の調査)は4月163ミリ、5月259ミリ、6月は20日までに225ミリで、過去5年間平均の2倍以上の雨が降った。この長雨により、町内ではタバコ、果樹、バレイショなどに約1億円の被害が... 続きを読む

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