検索結果

159件のアーカイブスが見つかりました。

条件:高知県 南国市

年代順で並び替える : |

昭和3年の台風

昭和3年(1928)8月18日、暴風雨。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

大正14年の洪水

大正14年(1925)9月17日、大洪水により、常通寺島野藤ノ宮で堤防が決壊、続いて岩瀬川の堤防が決壊し、国分川の濁流は岩瀬川から江村を襲い、一本センダンの堤防を突き破って常通寺島に流れ込んだ。後免町廿枝のダンカンと岡豊村江村の霞堤から流出する水と、岩瀬川・藤... 続きを読む

大正14年の洪水

大正14年(1925)9月、国分川の大洪水が、岡豊村常通寺島附近の堤防を2箇所決壊し、南岸の越流水が加わり、中島等を一面の泥水の海と化し、下流の大津村を襲った。 続きを読む

大正9年の洪水

大正9年(1920)、暴風雨、洪水。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

大正4年の大雨

大正4年(1915)6月24日、大雨により物部川中上流で100ミリを越え、下流は氾濫となった。立田村誌には「大雨洪水で山田堰西部の主要部を一掃、堰裏から小田島堤防まで615間半潰」と記されている。 続きを読む

大正元年の台風

大正元年(1912)、台風、豪雨。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

明治44年の台風

明治44年(1911)、強台風。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

明治32年の台風

明治32年(1899)8月28日、台風により、家屋倒壊が稲生で27軒、国府で8年、瓶岩で9軒、久礼田で7軒、長岡で68軒、大篠では80軒すべてなど、甚大な被害があった。 続きを読む

明治27年の干ばつ

明治27年(1894)、この年は60年来の旱害と言われた。新改川下流の植田・久次地区は上流に分水を要請したが。上流も余裕がなく、甫喜峯疏水計画の最中であったが、これを拒否した。このため、植田・久次地区はツイノイ堰を襲い、上流側と乱闘となった。後免署から警官50... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)、干ばつにより、植田地区350石、久次地区80石、須江上改田20余石の田は枯死寸前となった。植田・久次の農民はツイノイ堰(須江本田堰)を破壊しようとしたが、急報により100余名の警官が出動して堰を守り、事なきを得た。この水論を契機に、水争... 続きを読む

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 16