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34件のアーカイブスが見つかりました。

条件:高知県 日高村

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明治19年の洪水

明治19年(1886)8月20日から21日にかけて降雨が甚だしく、大出水となった。高知地方気象台記録によると、2日間の雨量は179ミリであったが、仁淀川上流地域の降雨が多量であったことと、八田堰・鎌田堰築造後200年余を経過し、仁淀川の河床が著しく上昇したため... 続きを読む

明治6年の洪水

明治6年(1873)、出水により、樋門が流出した。 続きを読む

慶応4年の洪水

慶応4年(1868)夏、出水により、江尻の井流(ゆな)が大破した。 続きを読む

慶応3年の洪水

慶応3年(1867)9月の大水により、井流が大破した。 続きを読む

慶応3年の洪水

慶応3年(1867)9月、大水により、江尻の井流(ゆな)が大破した。 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)7月10日、大水により、「江尻の井流(ゆな)」と呼ばれる樋門が流亡した。日高村本郷父原のお宅の床板裏面には「嘉永弐乙酉七月十日大洪水有此家座より壱尺六寸上ル」と書かれていた。このお宅は相当な高地にあるため、日下全村が大海原化したことは疑う余... 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)7月8日~11日、仁淀川筋の日高村で大水。 続きを読む

嘉永2年の洪水

嘉永2年(1849)夏の出水により、江尻の井流が流出した。 続きを読む

寛文6年の洪水

寛文6年(1666)7月3日、大水、日下村の立毛少しもなし、皆毛捨て(年貢負除)に成る。(仁淀川の主な洪水の歴史による) 続きを読む

寛文6年の洪水

寛文6年(1666)7月3日晩から雨が降り、4日晩6ツ過ぎに大水となり、小村寺の床より1尺3寸上がった。日下村では収穫皆無となり、稗がたくさん茂り、その中にうづらが繁殖した。(植田家文書「寛文雑記」による) 続きを読む

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