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13件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 西予市(宇和町) 渇水

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平成8年の干ばつ

平成8年(1996)夏、干ばつにより水不足が生じ、宇和町も一時は高台で断水状態が発生した。宇和町では7月8日に「渇水対策本部」を設置し、渇水状況の調査や住民への節水の協力を呼びかけた。干ばつによる農作物の被害総額はブドウ、葉タバコ、飼料作物など約5,000万円... 続きを読む

平成2年の干ばつ

平成2年(1990)7月、雨量が平年の3分の1になるなど、猛暑の真夏日が続き、農作物に甚大な被害を与えた。愛媛県は8月、農林業団体を結集して、7年ぶりに「干ばつ対策本部」を設置した。この年の夏は、真夏日が松山で連続57日となり、松山地方気象台100年の観測史上... 続きを読む

昭和52年の渇水

昭和51年(1976)末から年明けにかけて、宇和町は異常な寒波と渇水に見舞われ、水不足という不測の事態に直面した。2月には、下川の滝山川から鬼窪の一ノ瀬水源まで道路沿いに送水管を架設、初の給水車も出動した。また、この時の非常事態を機に、町議会では特別委員会を設... 続きを読む

昭和9年の干ばつ

昭和9年(1934)春期以来、干ばつにより、東宇和郡上宇和村久枝と永長で水論。(「灌漑水利権-ふけ川水論」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

昭和9年の干ばつ

昭和9年(1934)春期以来、干ばつにより、上宇和村永長と久枝の間でポンプ使用の可否をめぐり、宇和川の支流深川で水論が発生した。両地区あげての水論は約7年に及び、昭和15年の松山地方裁判所宇和島支部の調停案は「十馬力以内、午前六時~午後六時までとし、同時間内に... 続きを読む

慶応3年の水論

慶応3年(1867)、宇和郡大江村と真土村で水論。(「伊豫史談」282号による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

天保5年の水論

天保5年(1834)、宇和郡大江村と真土村で水論。(「伊豫史談」282号による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

文政4年の水論

文政4年(1821)、宇和郡大江村と真土村で水論。(「伊豫史談」282号による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

寛延2年の水論

寛延2年(1749)、宇和郡常定寺村と新城村で水論。(「東宇和郡沿革史」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

享保9年の水論

享保9年(1724)6月、宇和川の名本井手をめぐり、大江村と真土村で水論が起こった。 続きを読む

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