明治19年の洪水

災害年月日
1886年00月00日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
風水害  
概要
明治19年(1886)、大雨、洪水。明治の中頃、子規が市坪を通過した時、前年の水害により、堤防が決壊し、土砂が至る所で砂丘となり、その丘の上に「つばな」が生えていた。子規は「荒れにけり、つばな交りの、市の坪」と詠った。水害の郷、市坪の哀れな状況を詠んでいる。
地理院地図
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参考文献
郷編集委員会編「たちばなの郷」(松山市立たちばな小学校ほか、2003年)、35頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
大雨 洪水 市坪 正岡子規
NO.
愛媛4009

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