文政8年の洪水

災害年月日
1825年07月18日
市町村
愛媛県松山市
災害種類
風水害  
概要
文政8年(1825)6月3日、大雨による出水のため、石手川及び外川、内川の所々で堤が切れ、市の坪辺りは押し流され、出合辺りは海のようになった。被害は田畑2,549町余、百姓家潰・半潰316軒、牛馬屋潰・半潰185軒、川筋浜手堤切694箇所、川除・井関流損8,076箇所、道損・橋落損753箇所、山潰抜1,024箇所、風折木根起338本、流死怪我人7人。(「増田家記」による)
地理院地図
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参考文献
郷編集委員会編「たちばなの郷」(松山市立たちばな小学校ほか、2003年)、45-46頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
大雨 洪水 石手川 死者 増田家記
NO.
愛媛4017

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