明治38年の大雨

災害年月日
1905年10月00日
市町村
愛媛県大三島
災害種類
風水害  
概要
明治38年(1905)10月、大雨により、宮浦村本川とその支流明治川が決壊し、盛口村では井口小学校前の大川も決壊した。いずれも地上5~10mの高さの天井川であるため、瀑布のような勢いで土砂が流れ広がり、田畑や人畜の被害が大で、その額は当時10数万円と伝えられる。
地理院地図
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参考文献
松岡進著「大三島を中心とする芸予叢島史」(瀬戸内海文化研究所、1980年)、277頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
大雨 宮浦村 本川 明治川 盛口村
NO.
愛媛7960

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