明和9年の辰の洪水

災害年月日
1772年09月00日
市町村
香川県三豊市(山本町)
災害種類
風水害  
概要
明和9年(1772)8月の台風は「辰の洪水」と呼ばれ、川の氾濫や田畑の流出などにより、讃岐では破壊家屋19,000余戸、死者46人、牛馬74頭の被害を出した。山本町域でも、宗運寺過去帳によると、死者は24人を数えた。財田川の水位は、宗運寺の石段で手が洗えるほどであったという。河内の長野・上地区でも田畑が流失して、白い砂礫の川原となり、洪水のあとも土砂や礫が田畑を覆った。
地理院地図
Googleマップ
参考画像
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
新修山本町誌編さん委員会編「新修 山本町誌」(山本町、2005年)、129-130頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
辰の洪水 死者 宗運寺 財田川
NO.
香川2556

よく似た災害

慶応2年の寅の洪水

image

慶応2年(1866)8月1日から8日まで降り続いた大雨のため、財田川と河内川は大水となり、田畑、人畜、家屋を押し流した。この時の水位の高さは、西上の宗... 続きを読む

慶応2年の寅の洪水

image

慶応2年(1866)8月1日から8日まで降り続いた大雨のため、財田川と河内川は大水となり、田畑、人畜、家屋を押し流した。この時の水位の高さは、西上の宗... 続きを読む

明和9年の辰の洪水

明和9年(1772)8月20日の洪水について、森家文書「歳々万願控帳」によると、20日夜の大雨により、翌21日午前6時頃から瀬丸池が切れて、晩の午前2... 続きを読む

明治9年の洪水

明治9年(1876)、四万十川の大氾濫があった。中村町でも住家の倒壊が多く、被害は甚大であった。藩政中期以後の山林伐採が災害をもたらした洪水ということ... 続きを読む

明和9年の洪水

明和9年(1772)、大洪水のため、本山寺の観音堂の縁の上を20cmもの濁水が覆い、一週間引かなかったという。 続きを読む