明治23年の水害

災害年月日
1890年00月00日
市町村
徳島県海陽町(海部町)
災害種類
風水害  
概要
明治23年(1890)、念願の奥浦大堤防が完成した秋、大雨が続き海部川が氾濫して、奥浦大堤防の対岸の川東・川西村で浸水家屋175戸、冠水田畑256町歩余の被害が出た。かねてから奥浦大堤防築造に反対していた川東村民は、県知事に撤去を要請した。県知事は撤去の議案を県会に提出したが、県会は否決した。しかし、結局、明治25年の保瀬切れによる水害を契機として、奥浦大堤防は取り払われることになった。
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原資料
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参考文献
海部町史編集部編「海部町史」(海部町教育委員会、1971年)、180頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
水害 奥浦大堤防 海部川 保瀬切れ
NO.
徳島1729

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