大正8年の水害

災害年月日
1919年08月02日
市町村
徳島県海陽町(宍喰町)
災害種類
風水害  
概要
大正8年(1919)8月2日、前日からの雨により宍喰川の勢いは増し、朝5時半頃には松本堤と中角堤が決壊し、辺りは濁流の湖となった。久保集落の前町で2尺5寸位、宍喰浦では寺町、願行寺、三昧を除いて全て浸水した。 堤防復旧工事は、久保、宍喰、日比原の工事負担割合の調整に時間を要したが、大正9年3月に着手し、9月に完成した。なお、この水害を契機に、宍喰村では宍喰川幹流を県費支弁区域に移管するよう請願陳情し、昭和4年頃に認められた。
地理院地図
Googleマップ
原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
宍喰町教育委員会編「宍喰町誌 上巻」(宍喰町教育委員会、1986年)、643-649頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
水害 宍喰川 松本堤 中角堤 堤防決壊
NO.
徳島1737

よく似た災害

大正12年の水害

大正12年(1923)、大正期最大の水害があり、拝志村が被害を受けた。 続きを読む

昭和12年の水害

昭和12年(1937)、宍喰川の旧正梶堰下の左岸堤防が決壊した。宍喰川幹流は準用河川となっていたため、堤防工事費4千円は県費支弁で施行され、川幅も広げ... 続きを読む

大正7年の水害

大正7年(1918)9月14日、宮川内谷川の水害。相当被害があったが、被害報告がなく不明。 続きを読む

大正8年の水害

大正8年(1919)4月25日、宮川内谷川の水害。相当被害があったが、被害報告がなく不明。 続きを読む

大正8年の水害

大正8年(1919)4月25日、宮川内谷川の水害。相当被害があったが、被害報告がなく不明。 続きを読む