寛文2年の干ばつ

災害年月日
1662年00月00日
市町村
香川県三豊市(高瀬町)
災害種類
渇水  
概要
寛文2年(1662)、大干ばつに見舞われた。田はひび割れ、稲は枯死して収穫はゼロであった。ところが、築造から7年間の平屋池を持つ井ノ口新田は、平年作を上回る方策であった。このため、比地大村の百姓は、京極藩に新池築造を願い出て、藩は郡奉行勝田五郎兵衛に新池築造を命じた。これが、寛文6年に完成した勝田池である。
地理院地図
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備考
勝田池には勝田池之碑が建立されている。
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原資料
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参考文献
高瀬町誌編集委員会編「高瀬町誌」(高瀬町、1975年)、321-323頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 平屋池 比地大村 勝田五郎兵衛 勝田池
NO.
香川329

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