大正12年の大干ばつ

災害年月日
1923年08月00日
市町村
香川県観音寺市(大野原町)
災害種類
渇水  
概要
大正12年(1923)8月から9月にかけて40余日打ち続く干ばつに困り果てた萩原村が、大谷池の横井水溜まりの地面を掘り割って集水し発動機で揚水していることが発覚し、これを中姫村が配水既定(萩原4分、中姫6分の配水権)違反として中止要請した。萩原村がこれを拒否したため両村の対立が深まったが、談合中に雨が降り出し、ようやく和解に至った。(「香川新報」による)
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原資料
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参考文献
新修大野原町誌編さん委員会編「新修 大野原町誌」(大野原町、2005)、610頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 大谷池 水争い 萩原村 中姫村
NO.
香川392

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