昭和9年の水争い

災害年月日
1934年07月31日
市町村
高知県土佐町
災害種類
渇水  
概要
昭和9年(1934)夏、非常な日照りが続き、水不足のため宮古野堰を中心に、伊勢川川をはさんで田井村と森村の水争いが起きた。7月31日に田井・森両村長が協議をしていたところ、田井側の70余名の農民が鋤鍬を持って宮古野堰に殺到し、これに対して森側も農民50余名が駆けつけ、口論の末、各地で乱闘となり、田井側は3箇所の堰を切り取り、水を全て田井側に落とした。本山署では警部補ほか数名を直ちに派遣した。(「高知新聞」による)
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原資料
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参考文献
土佐町史編集委員会編「土佐町史」(土佐町、1984年)、626-627頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
干ばつ 水争い 伊勢川川 宮古野堰
NO.
高知462

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