検索結果

328件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 阿南市 風水害

年代順で並び替える : |

明治6年の洪水

image

明治6年(1873)10月3日、洪水により明見~岩脇間の堤防が決壊した。 続きを読む

明治6年10月の洪水

明治6年(1873)10月3日、那賀川の洪水により、下大野村妙(明)見・岩脇間の堤防が決壊。 続きを読む

明治6年の洪水

明治6年(1873)10月2日、大風雨により那賀川の堤防が羽ノ浦村で決壊し、洪水が発生した。 続きを読む

慶応2年の洪水

image

慶応2年(1866)8月7日、洪水により万代堤が破損した。巨大な石を落とし入れて水防に供した。(「趣味の郷土羽ノ浦町」による) 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月6日、寅の水という。富岡の土手が切れたため、水が大層押しかけて座上3尺になって、皆避難。(「富岡町史」による)(那賀川における災害年表) 続きを読む

慶応2年の洪水

image

慶応2年(1866)8月6日、寅の水。天明以降最大の洪水と言われ、那賀川右岸の平野では、上大野から富岡東部に至る各所で、堤防決壊、家屋流失などの大被害を生じ、富岡では30人余の死者を出した。羽ノ浦町では、古毛の万代堤が200余間(約360m)決壊したため、古毛... 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月6日、寅の水という。富岡の土手が切れたため、水が大層押しかけて座上3尺になって、皆避難。(「富岡町史」による)(那賀川における災害年表) 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月6日、寅の大水。天明5年(1785)及び6年以来最大の洪水で、富岡の商店では全ての品物に水が入り、特に酒屋、油屋は大損害をこうむった。 続きを読む

慶応2年の寅の水

image

慶応2年(1866)8月5日より大雨が続き、7日夜に風雨ますます激しくなり、大水になった。上大野町の医師・岸玄碩先生が城山神社に奉納した絵馬には、那賀川の水害で大きな家が浮き、家族ら8人が家ごと流された時の様子が記されている。家はやがて壊れたが、この時、八畳の... 続きを読む

慶応2年の寅の水

慶応2年(1866)8月1日から激しい雨となり、2日に洪水を引き起こした。那賀川筋では、大京原の堤防60間余が決壊し、流家があったが、人畜に死傷はなかった。原の方面にも氾濫して、田に多少の被害が出たが、水は高い所では庭を走り、低い所でも座上わずかで止まった。材... 続きを読む

1 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 33