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62件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 伊予市(双海町)

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明治6年の台風

明治6年(1874)9月、双海地方に来襲した暴風雨により、上灘川の上流が54箇所決壊し、川の中に土砂が山をなしたと記録されている。 続きを読む

明治6年の水論

明治6年(1873)、下灘村串と喜多山村との水論。(「大洲市誌」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

安政4年の地震

安政4年(1857)8月25日、伊予灘を震源とするM6.4の地震により、三崎半島に被害が出た。 続きを読む

安政3年の地震

安政3年(1858)、地震。古記によると、双海町沖の海面に潮や泥水が各所に噴き出たとある。その頃から、海岸一帯が地盤沈下し、各井戸に塩水が含有するようになったと伝えられている。 続きを読む

安政3年の地震

安政3年(1858)、地震。古記によると、双海町沖の海面に潮や泥水が各所に噴き出たとある。その頃から、海岸一帯が地盤沈下し、各井戸に塩水が含有するようになったと伝えられている。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日、豊後水道を震源とする大地震があり、沈静まで7日間揺れ動いた。その間、山を崩し、樹木を倒し、飛鳥地に落ち、地盤は亀裂し、土路水噴出数十尺も暴騰散乱し、人畜被害多し。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)11月5日、豊後水道を震源とするM8.4の地震があり、それ以降7日間揺れ動いた。その間、山を崩し、樹木を倒し、飛鳥地に落ち、地盤は亀裂し、土路水噴出数十尺も暴騰散乱し、人畜被害多し。 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)5月より雨が降り続き、9月になっても太陽を見ず、うんかが大発生し、農作物は実らなかった。住民は山野の青草を食べ、山の蔓の根まで食べた。しかし、一切の青物も食べ尽くされ、高野川村だけで男女170人が餓死した。上灘、高岸、大久保、串村の人々も... 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)5月より9月まで霖雨、淫雨といわれた長雨が続き、うんかが大発生したことにより、作物はまったく実らなかった。この年は江戸時代を通じて双海地域が最も多大な被害を受けた年となった。住民は山野の野草やその根まで食べ、すべての青物が食べ尽くされたと... 続きを読む

享保12年の干ばつ

享保12年(1727)の干ばつに際して、双海町の本尊山崩れで、代官が地域の庄屋を集めて大がかりな雨乞いを断行し、慈雨が降り注いだ。(「肱川の民話・伝説」による) 続きを読む

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