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12件のアーカイブスが見つかりました。

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延宝元年の洪水

延宝元年(1673)、石手川の洪水が大きく、城下町にも浸入したので、民衆は城郭の堀の土手の上に避難するほど大混乱となった。(「垂憲録拾遺」による) 続きを読む

享保6年の大雨

享保6年(1721)閏7月14日頃から大雨となり、翌15日には出水のため石手川の堤防が決壊し、各地は洪水となった。被害は田畑の砂入・汐入・水押3,716町余、石高35,065石余損毛、浜手・池川の堤防決壊117,141間、流家・潰家・半潰889間、死者男40人... 続きを読む

享保14年の干ばつ

享保14年(1729)6月22日、干ばつ。(大洲領の災害) 続きを読む

元文2年の干ばつ

元文2年(1737)4月、干ばつ、田方虫付。(大洲領の災害) 続きを読む

寛延3年の干ばつ

寛延3年(1750)、干ばつにより、損毛42,059石余。(「松山年譜」による) 続きを読む

明和7年の干ばつ

明和7年(1770)閏6月、干ばつ。(大洲領の災害) 続きを読む

明和8年の干ばつ

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明和8年(1771)、干ばつのため、一之井手がかりの南神崎・上野・徳丸・出作・八倉5村700人ほどが古樋井手を切り落とし、上麻生・下麻生200人と矢取川の河原で大乱闘を繰り広げ、南神崎と八倉各1人の死者を出した。この事件は幕府に届けられ、各村庄屋・組頭・百姓ら... 続きを読む

寛政9年の干ばつ

寛政9年(1797)6月25日、干ばつ。(大洲領の災害) 続きを読む

寛政11年の干ばつ

寛政11年(1799)5月中旬より8月まで降雨なし、田畑損毛。(大洲領の災害) 続きを読む

享和3年の干ばつ

享和3年(1803)5月から9月上旬まで降雨なく、旱損。(大洲領の災害) 続きを読む

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