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条件:徳島県 地震・津波

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昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前4時20分、大地震があった。時計は止まり、電灯が消えた。勝浦、那賀、海部三郡は津波を伴い大被害を受けた。余震は翌年3月まで続いた。この地震で、釜谷支流水源地の俗称イエナ床の山裾が崩壊し始め、濁水を流し、翌22年4日になって... 続きを読む

昭和21年の南海地震

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昭和21年(1946)12月21日午前4時19分に大地震、その10分余の後に津波が襲来した。この南海大地震は、過去浅川村を襲った地震の中でも最大のものであった。被害は、死者85人、家屋の流失185戸、全壊161戸、半壊169戸、船舶流失80隻であった。津波の高... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前4時19分、紀伊半島西南沖を震源とした地震が発生した。津波も起こり、浅川などは全滅の被害を受けたが、応神村では家屋の損傷が甚だしかったものの、人畜の被害は免れた。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日早朝、南海大地震が起こった。被害は死者212人、負傷者665人、家屋の流失・全半壊3,892戸、浸水1,315戸、道路被害206箇所、船の流失・破損656隻、田畑の流失・浸水2,370haに及んだ。浅川を中心とした海部郡の沿岸... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、地震と津波が発生した。日和佐町の被害は、死者1人、傷者39人、住家の全壊2戸、半壊41戸、床上浸水55戸、床下浸水144戸などと、他の地域に比べて軽微であった。津波の被害が軽微であった理由としては、日和佐港がM字型湾で津波の... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、M8.0の地震・津波により、人的被害は高知で680人、徳島で210余人に及んだ。徳島県の流死者は浅川で85人、牟岐で53人、宍喰で9人に及んだ。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、南海大地震により、県南地方は津波により相当な被害を受けたが、上分上山村ではほとんど被害がなかった。しかし、山鳴りがとどろき渡り、山々が一面に白く発光したのを見た人が多い。その後たびたび地震があったために、人々は恐怖に見舞われ... 続きを読む

昭和21年の南海地震

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昭和21年(1946)12月21日、M8.1地震、津波。(「宿命の浅川港」による) 丸山盛夫氏の津波体験記によると、津波により浦上川に沿って須賀崎、東の町は跡形もなく被害を受けており、大きな漁船が家を押しつぶしていた。この他にも、「宿命の浅川港」から抜粋した2... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、南海大地震、津波、地盤沈下(徳島県の災害)。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前4時19分、紀伊半島潮岬南方海底を震源とする大地震が起こった。当時、見能林警防団長だった人の思い出をもとに、地震と津波の状況などについて記載されている。ここには、地震後30分ほどして津波の第一波が押し寄せてきたこと、その2... 続きを読む

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