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74件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 上勝町

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明治32年の洪水

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明治32年(1899)9月6日より雨となり、大雨が8日朝まで続き、11時頃川水が増し、川岸の山野田畑崩れ、大北橋や落合の出合橋が流失し、人家を倒した。また、福原では古川で人家3、4戸、古川橋、中津田地が悉く流失した。さらに前原修堤碑によると、勝浦川堤防の破堤は... 続きを読む

明治32年の洪水

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明治32年(1899)9月6日より雨となり、大雨が8日朝まで続き、11時頃川水が増し、川岸の山野田畑崩れ、大北橋や落合の出合橋が流失し、人家を倒した。また、福原では古川で人家3、4戸、古川橋、中津田地が悉く流失した。さらに前原修堤碑によると、勝浦川堤防の破堤は... 続きを読む

明治27年の洪水

明治27年(1894)7月24日、雨により大川で水8尺出た。 続きを読む

明治27年の洪水

明治27年(1894)7月24日、雨により大川で水8尺出た。 続きを読む

明治25年の台風

明治25年(1892)7月23日、田野々では連日の豪雨のため旭川が氾濫し、葛又山(こずまたやま)の大崩壊のため葛又地区は全滅した。また、瀬津では川の水の高さが1丈余尺に達し、午後8時に府殿ごぼざこ山塩が湧出して下々の谷筋の田畑10余町程が流失した。さらに、高畑... 続きを読む

明治25年の台風

明治25年(1892)7月23日、田野々では連日の豪雨のため旭川が氾濫し、葛又山(こずまたやま)の大崩壊のため葛又地区は全滅した。また、瀬津では川の水の高さが1丈余尺に達し、午後8時に府殿ごぼざこ山塩が湧出して下々の谷筋の田畑10余町程が流失した。さらに、高畑... 続きを読む

明治25年の葛又山崩壊

明治25年(1892)7月、豪雨により、上勝町田野々の葛又山で大崩壊が起こり、16人の犠牲者を出した。この時も、高磯山の崩壊と同様に、崩壊した土砂が河谷を埋めて天然ダムを形成した。 続きを読む

明治19年の台風

明治19年(1886)9月10日、暴風雨により川窪の家がつぶれ、府殿の3戸の屋根がいたみ、野尻で1戸つぶれた。 続きを読む

明治19年の台風

明治19年(1886)9月10日、暴風雨により川窪の家がつぶれ、府殿の3戸の屋根がいたみ、野尻で1戸つぶれた。 続きを読む

明治19年の干ばつ

明治19年(1886)6月17日~8月11日までの47日間で時雨れ9日であった。用水に水はなく、植え付けした田も白穂となり、畑作も不作となった。 続きを読む

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