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84件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 新居浜市

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明治40年9月の台風

明治40年(1907)9月7日、台風により、別子山村で雨量946ミリ。 続きを読む

明治32年の台風

明治32年(1899)8月28日、東予地方を大風水害が襲った。この記録には明治32年8月27日~9月14日の「新居浜村水害日誌」抄が掲載され、被害の状況や対応等を知ることができる。 続きを読む

明治32年の別子銅山水害

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明治32年(1899)8月28日、台風により、別子銅山では日降水量が325ミリとなり、特に午後8時20分~9時までの40分間に極めて強い集中豪雨があった。このため、各所で土石流が発生し、見花谷及び小足谷の従業員住宅など別子銅山の各施設が崩壊、流失した。土石流が... 続きを読む

明治32年の台風

明治32年(1899)8月28日、東予地方を大風水害が襲った。この記録には、明治32年9月15日~12月6日の「新居浜村水害日誌」抄が掲載され、被害の状況や対応等を知ることができる。 続きを読む

明治32年の台風

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明治32年(1899)8月28日、四国地方に暴風雨が襲来した。東予地方では、28日午前9時頃から雨が降り出し、午後7時頃には東風が北風に変わると、風雨はますます強烈になり、山岳部では豪雨となった。宇摩郡別子山村では足谷川流域の見花谷・両見谷・小足谷等で山崩れが... 続きを読む

明治32年8月の水害

明治32年(1899)8月28日の台風により、愛媛県内の死者が828人となり、愛媛県内では明治時代最大の災害である。特に被害が大きかったのは東予地方で、その中でも甚大な被害が出たのが別子銅山であった。新居浜と旧別子では512人が亡くなった。新居浜市山根町の瑞応... 続きを読む

明治32年の台風

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明治32年(1899)8月28日、別子銅山で大水害が発生し、死者は513人に達した。この稿には、別子銅山殉職者追悼法要の様子と大水害の概要が示されている。 続きを読む

明治32年の台風

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明治32年(1899)8月28日の別子山村の風水害は、別子銅山の鉱害に原因があるとして、技師を派遣して調査させることを要求した建議が、12月12日に愛媛県議会に提出され、12月14日の第一読会を経て、満場一致で採用され確定議となった。(「愛媛県議会議事録第58... 続きを読む

明治32年の台風

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明治32年(1899)8月28日、東予地方に暴風雨が襲来し、千余人の犠牲者を出した。この記録には、当時神戸新聞の記者であった江見忠功が現地から報告した「別子銅山変災視察録」第1報~第6報が記されている。 続きを読む

明治32年の水害

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明治32年(1899)8月28日、土佐湾に上陸した台風は石鎚山脈を越えて東予地区を襲い、午後6時頃には暴風雨となった。最高潮に達した8時半頃には、全山が山津波の状態となり、一緒に風呂屋谷、見花谷及び小足谷の従業員住宅をはじめ、製錬所、収銅所、倉庫などが一大音響... 続きを読む

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