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169件のアーカイブスが見つかりました。

条件:高知県 渇水

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明治26年の干ばつ

明治26年(1893)7月5日~8月5日の1ヶ月間雨がなく、植え付け後の稲は枯死し、甘藷の植え付けもできず、佐川町では有志数十名が役場で雨乞いについて話し合うなど騒然とした。8月5日に豪雨があったが、時すでに遅く、この年は大減収であった。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月24日~8月4日、降雨がなく、干ばつ。 続きを読む

明治26年の水争い

明治26年(1893)6月、干ばつが続いたため、伊勢川川下流の田井、宮古野などが分水の交渉を要求したが、上流の溜井、伊勢川は拒否した。そこで下流側は壮者を動員して、ホラ貝を吹き、手に鍬をもって松木野堰に押し寄せた。溜井側もホラ貝を吹くなどして、堰に並んで腰をか... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)6月末より8月初まで、雨少なく西日本被害。綜合斗賀野村史略には「50日間降らず水稲多く枯死」と、佐川町史には「7月5日より不降水稲枯死、8月5日漸く大雨」と、戸波村史には「7月5日稲田亀裂、二毛作田は井水を灌ぐ。8月3日微雨、5日大雨」と... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)5月中旬より大日照りとなり、黍作は枯れ、畑作は皆無となり、野山の草木まで赤くなり、人々はつるいもを植えることができなかった。旧7月7日、8日に大雨、大雷があったので、皆つるいもを植えたが堀取るものはなかった。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)夏、50余日に及ぶ日照りのため、宮ノ川の26人から県に対して種籾料御給与願が出願された。(「宮ノ川区長場文書」による) 続きを読む

明治26年の干ばつ

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明治26年(1893)、水不足となったが、これまでの水争いに疲れていた新改川沿川の村の人たちは、雨乞いをした。この時に持ち上がったのが甫喜ヶ峰(ほきがみね)疏水の計画であった。これは穴内川の水を新改川に引き入れるもので、久礼田や新改の村長などが計画を進め、高知... 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)、干ばつ。 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)夏、50日間降雨なし。(「綜合斗賀野村史略」による) 続きを読む

明治26年の干ばつ

明治26年(1893)、干ばつにより、植田地区350石、久次地区80石、須江上改田20余石の田は枯死寸前となった。植田・久次の農民はツイノイ堰(須江本田堰)を破壊しようとしたが、急報により100余名の警官が出動して堰を守り、事なきを得た。この水論を契機に、水争... 続きを読む

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