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111件のアーカイブスが見つかりました。

条件:高知県 南国市 風水害

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明治44年の台風

明治44年(1911)、強台風。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

明治32年の台風

明治32年(1899)8月28日、台風により、家屋倒壊が稲生で27軒、国府で8年、瓶岩で9軒、久礼田で7軒、長岡で68軒、大篠では80軒すべてなど、甚大な被害があった。 続きを読む

明治25年の洪水

明治25年(1892)7月24日、大降雨あり、三嶋村物部中須の堤防決壊して、北島の東端を南流し二派に分かれ、一つは秋田川を本流とし、一つは西流して北は本村村役場を限り南浜分字境目橋詰北側の岸5尺ばかり浸水し西流して琴平山東麓に至り、再び逆流して秋田川尻に合わせ... 続きを読む

明治25年の洪水

明治25年(1892)、4、5日降り続いた雨により、物部川が氾濫し、竹が鼻の堤防が決壊し、濁水が三島村を荒廃させた。 続きを読む

明治25年の洪水

明治25年(1892)、大洪水。田村でも被害が相当あった様子であるが、特筆するだけのまとまった資料がない。 続きを読む

明治23年の洪水

明治23年(1890)8月、暴風雨による増水にため、物部川西岸の堤防が決壊して、遠く稲生まで一面の大海と化し、農作物や人家に被害が多かった。 続きを読む

文政5年の洪水

文政5年(1822)、洪水。 続きを読む

文政5年の洪水

文政5年(1822)、洪水。 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月6日から8日まで3日3夜大風雨が続き、未曾有の大洪水となった。世に言う「亥の大変」である。物部川の両岸の堤塘はわずかに3分位残って他は皆決壊したため、下流諸村は大損害を蒙り、田畑家屋を流し、流死する者も夥しく、諸道具飯米等をも皆流した... 続きを読む

文化12年の洪水

文化12年(1815)7月6日より暴風雨うち続き、8日に至り物部川山田堰以南両岸の堤塘はほとんど全部決壊して、小田嶋以南はもちろん、西は五台山、東は吉原まで浸水し、本流は物部と田村の間を南流し、一方西南へ溢入する水勢は本村下田村往還の北1丁程を限り南は字境目橋... 続きを読む

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