検索結果

7件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 今治市(大三島町) 渇水

年代順で並び替える : |

昭和42年の干ばつ

昭和42年(1967)7月12日から10月26日の雨量は96ミリ(宮浦中学校調べ)と少なく、農作物の損害は4多く6,000万円に上った。干害応急対策事業、天災融資等の資金の貸し付け、町税の減免措置などが行われた。(「広報大三島」による) 続きを読む

明治6年の干ばつ

明治6年(1873)、冬から春にかけて雨が少なく、大豆・小豆の成育が不良である。また、池に水がなく、泉の出水もなく、村内の4、5町の田植えができない。7月1日から4日まで小雨が降り、これ芋の植え付けができ、中の上の作柄となった。(「藤井此蔵一生記」による) 続きを読む

天保15年の干ばつ

天保15年(1844)、日照りが続くので、大庄屋が神社に雨乞い祈祷を依頼した。(「天保十五年辰御用日記」による) 続きを読む

文政6年の干ばつ

文政6年(1823)3月から7月まで日照りが続き、農作物が不作となった。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む

享保14年の干ばつ・台風

享保14年(1729)、日照りと8月、9月の二度の大風のため、農作物などに大きな被害が出た。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む

享保9年の干ばつ・高潮

享保9年(1724)、大干ばつのため、田植えできない田が11町あった。その上、9月14日高潮により新田堤が各所で決壊した。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む

享保3年の干ばつ

享保3年(1718)、日照り凶作のため、御公儀(松山藩)から550俵の給付があった。(「越智嶋旧記」による) 続きを読む