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27件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 松山市 高潮

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延宝2年の台風・高潮

延宝2年(1674)8月17日、大風高潮のため、三津町家々多数大破。藩船すべて陸上に押し上げられる。船下ろしに松山町方から人足1,019人差し出す。(「松山町鑑 一」による) 続きを読む

享保14年の台風・高潮

享保14年(1729)8月19日夜の風は4,50年来の大風で、海岸部では高潮の被害が多く、三津街道の並木の松・杉が倒れ、松山・三津間の交通が途絶えたほか、各地の松などが吹き倒された。 続きを読む

宝暦元年の高潮・風雨

宝暦元年(1751)6月18日~20日、高潮、風雨。 続きを読む

宝暦元年の高潮

宝暦元年(1751)閏6月18日~20日、海嘯(高潮)、風雨。(「伊予風水害小史」による) 続きを読む

天明2年の台風

天明2年(1782)8月20日、台風により、三津川口で高潮のため新田流出。 続きを読む

天明6年8月の風雨・高潮

天明6年(1786)8月29日、風雨、海嘯。 続きを読む

天明6年9月の高潮・大雨

天明6年(1786)9月6日、海嘯、大雨、洪水。 続きを読む

明治17年の高潮

明治17年(1884)8月25日、台風による高潮のため、新田開発でつくられた大可賀の集落を護っていた堤塘が決壊し、53人が亡くなった。御名号堂という地元のお堂には「明治拾七年大暴風雨津浪惨状之図」と書かれた絵額が奉納されている。高潮被害から三回忌に大可賀に供養... 続きを読む

明治17年8月の水害

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明治17年(1884)8月25日、瀬戸内海全体で甚大な高潮の被害が出た。愛媛県内では現在の八幡浜市、西予市など宇和海沿岸部でも高潮被害を受けたが、最も被害が大きかったのは現在の松山市で、三津浜や大可賀で犠牲者が出た。大可賀では堤塘が決壊し、海水が低地に大量に流... 続きを読む

明治17年の台風

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明治17年(1884)8月25日、西日本を襲った台風は高潮による被害をもたらした。中でも温泉郡山西村の大可賀新田では、午後11時頃、高潮のため北西の堤防が決壊、一帯は潮が充満し、戸数70戸のうち溺死者53人、家屋の流失49戸、田畑流失53haの被害をこうむった... 続きを読む

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