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902件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 土砂災害

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天保6年5月の風水害

天保6年(1835)5月13日、14日、大雨、21日朝より極大雨、朝一番鳥の頃、水枕に相成り。川筋一円大いたみにて流れ物多、損田流失砂入、近代の大いたみの由、瑞巌寺山潮にて2尺ばかり入る。(「元木文書」による)/5月15日、21日~22日、風水害、39,280... 続きを読む

天保6年5月の風水害

天保6年(1835)5月13日、14日、大雨、21日朝より極大雨、朝一番鳥の頃、水枕に相成り。川筋一円大いたみにて流れ物多、損田流失砂入、近代の大いたみの由、瑞巌寺山潮にて2尺ばかり入る。(「元木文書」による)/5月15日、21日~22日、風水害、39,280... 続きを読む

天保10年の山崩れ

天保10年(1839)8月17日、山崩れにより坂根の家が潰れ、子ども2人死亡。(「兵助日記」による) 続きを読む

天保13年の洪水

天保13年(1842)、吉野川で大洪水。馬路川洪患志によると、「天保十三年の洪水で北名の馬谷は土砂を押し出し数戸の家屋を埋め、水路は北名の北がわをまわって住吉の下に流れた。馬路川の堂床の大木は山津波と共に押し流されて土居の田の中に立ち、宮の谷の洪水は土砂を流し... 続きを読む

天保13年の洪水

天保13年(1842)、馬路川で大洪水。これを「寅年の大洪水」と言い伝えている。洪水により白地馬谷の土砂が北名の数戸を埋め、水路は北名の北端を迂回して住吉山の麓に出た。馬路深川谷の堂床の大木が山津波に乗って立ちながら土居の田の中に押し出された。宮の谷の洪水は境... 続きを読む

天保14年の洪水・山崩れ

天保14年(1843)、大雨による大洪水、山崩れ、堤切れなど破損箇所が多く、田地が埋まった。この上、8月から9月にわたり長雨があり、立毛部が生え凶作となった。 続きを読む

弘化5年の長雨・大雨

弘化5年(1848)2月より毎月雨が降り続き、1ヶ月に4、5日晴れるくらいである。このため、不作で人々は困窮した。6月上旬より大雨が降り続き大水となり、山崩れがあり、山林が破損している。当年は、夏の麦等は不作であったが、秋は豊作となった。しかし、8月の大風雨に... 続きを読む

弘化5年の大雨

弘化5年(1848)6月上旬より大雨降り続き、山崩れ、材木痛み、8月大風のため煙草も不作で上納致しかねる。(「教法寺過去帳に見る幕末の世情」による) 続きを読む

嘉永2年の豪雨

嘉永2年(1849)、豪雨があり、七日七夜降り続いたため、東馬場上方の大佐古山で山潮が起こり、丸岡(まろおか)に向かって走り、幅8軒(14m余)にわたり畑が押し流されたと言われる。 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)、大地震。相生村では、伝聞として「山へ木を拾いに行っておった女子供は揺られて地上に倒れ叫ぶもあれば、猪垣が崩壊して、その石が四方へ転げるのもあった。山腹の田などは破れてさげること数十か所以上百か所もあり三日三晩ゆりつづいた」という話が残され... 続きを読む

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