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53件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 藍住町

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明治27年の台風

明治27年(1894)9月10日~11日、暴風雨のため、家屋の崩壊11軒、破損53軒となった。11日午後4時頃より吉野川及び支流の無堤箇所より入水し、畑地はすべて浸水したが、午後11時頃になって水勢は弱まった。浸水のため立毛に5歩の損害が生じた。 続きを読む

明治25年の洪水

明治25年(1892)7月23日~24日、吉野川(現旧吉野川)及び別宮川(現吉野川)より奥野村、徳命村、東中富村、本村、成瀬村、竹瀬村が浸水した。特に徳命村の破堤箇所や東中富村の無堤箇所からの土砂の流入により、田畑の損耗、家屋倒壊、道路・橋梁の損壊等の被害が出... 続きを読む

明治23年9月17日の水害

明治23年(1890)9月17日の水害により、米100分の3、大豆100分の2、粟10分の4、芋10分の3の被害。 続きを読む

明治23年9月11日の水害

明治23年(1890)9月11日の水害により、米100分の5、大豆100分の5、浸水地所10分の2の被害。 続きを読む

明治15年の洪水

明治15年(1882)8月6日、東中富で吉野川と旧吉野川が破損した。 続きを読む

慶応3年の洪水

慶応3年(1867)、大水のため東中富の大川(吉野川)筋で500間(900m)破堤した。(今旧組頭庄屋山田家の文書による) 続きを読む

慶応2年の寅年の大水

慶応2年(1866)8月5日、大水のため東中富で破堤した。(今旧組頭庄屋山田家の文書による) 続きを読む

万延元年5月の洪水

万延元年(1860)は、春から雨が降り続き、5月に入っても変わらず度々洪水となった。堤が破れ、2町の田地が大砂入となった。(竹瀬村木内家文書による) 続きを読む

安政元年の地震

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安政元年(1854)11月4日、徳命の徳元嘉平翁の話によると、西貞方の操芝居を見物に行っていたところ、地震が起こり、芝居の中は大混雑となった。そこから逃れて徳命に帰り、八幡神社前にかかると、1丈7尺の大御影石の鳥居が倒壊し、八幡宮、牛頭天王、天神宮の三社は揺り... 続きを読む

享和元年の水害

享和元年(1801)、大きな水害があり、勧農普請で行った吉野川の250間の護岸工事のうち100間が崩れた。(東中富村庄屋犬伏家文書による) 続きを読む

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