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35件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 大洲市 地震・津波

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安政4年の地震

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安政4年(1857)8月25日午前9時、大地震に見舞われた。余震が続いたため、人々は小屋住まいであった。大洲城内の被害は大きく、西の門辺りは道が裂け、御門台は2尺下がり、石垣は過半崩れた。倒れた土蔵もあり、城門廻り御櫓、高欄櫓、台所櫓は大破し、手間塀のくずれも... 続きを読む

安政4年の地震

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安政4年(1857)8月25日、伊予・安芸地震(M7.25)により、大洲城は石垣、城門廻櫓、高欄櫓、台所櫓が大破、千間塀が崩壊し、御貯蔵の新築、台所櫓修補、高欄櫓の建替、本丸櫓普請に10年後の慶応2年(1866)までかかっている。(「大洲市史」、「愛媛県気象史... 続きを読む

安政4年の地震

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安政4年(1857)8月25日、大地震、大洲城内処々破損、城下町家2軒潰、154軒大破。道は裂け、石垣は過半崩壊し、天守閣の屋根・壁、城門回り櫓・高欄櫓・台所櫓が大破した。(大洲領の災害) 続きを読む

明治36年の地震

明治36年(1903)3月21日、周防灘を震源とする地震により、大洲町近傍ではすわりの悪い器物が倒伏し、山頂から岩石崩壊して道路を埋めたところもあった。数回の余震が続いた。 続きを読む

明治36年の地震

明治36年(1903)3月21日、伊予灘を震源とするM7.0の地震により、大洲付近で落石があった。 続きを読む

明治36年の地震

明治36年(1903)3月21日、伊予灘を震源とする地震により、大洲町近傍では器物が倒壊し、山頂から岩石崩壊して道路を埋めたところもあった。数回の余震が続いた。 続きを読む

明治37年の地震

明治37年(1904)9月21日、伊予灘を震源とするM6.6の地震により、大洲町付近で器物が倒壊し、山頂より岩石が落下し道路を埋めた所があった。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日午前4時過ぎ、地震が発生し、4時半すぎに長浜町の家の玄関に出ると、家の前には潮がさしていて、水深30~50cmに達していた。5時頃、表通りに出ると、潮位は路面上20cmあった。(当時、長浜町に住んでいた筆者の体験に基づく。)/... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、南海道地震。 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)12月21日、和歌山県南方熊野灘を震源地とする大地震があり、長浜では震度4の揺れとなった。長浜港コンクリート壁の一部が脱落し、長浜港湾及び西海岸一帯は30cm地盤沈下した。この地帯は昭和22年の冬季、激浪により護岸の決壊、浸水の被害等を受... 続きを読む

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