検索結果

156件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 愛南町 風水害

年代順で並び替える : |

大正2年の洪水

大正2年(1913)、前代未聞の大洪水により、田畑の流失135町歩、家屋の流失・埋没27戸。 「一本松小学校沿革史」には以下のように記されている。「大正2年7月19日、未曾有の大洪水に遭遇し、人身恐慌ために教育の発展を阻害すること甚だしかりしは遺憾とする処なり... 続きを読む

大正2年の水害

大正2年(1913)7月、集中豪雨のため僧都川の堤防が決壊し、田畑の流失や家屋の浸水があった。 続きを読む

大正2年の集中豪雨

大正2年(1913)7月、集中豪雨のため僧都川の堤防が決壊し、平城でも家屋の浸水があった。 続きを読む

明治44年8月の暴風雨

明治44年(1911)8月15日、暴風雨が南宇和郡全体を襲い、前年に架け替えたばかりの観栄橋が流され、作物に多大な被害をもたらした。 続きを読む

明治44年の台風

明治44年(1911)8月、暴風雨により僧都川が氾濫し、架け替えたばかりの観栄橋が流され、田畑の浸水、農作物の被害も甚大であった。その復旧はくわ、じょうれん、もっこなどを使って行われ、人々の苦労は並大抵ではなかったという。 続きを読む

明治42年9月の洪水

明治42年(1909)9月、洪水のため長崎と長州口の県道が損壊し、修復した。 続きを読む

明治42年の暴風

明治42年(1909)8月、暴風により、高知県沿岸に出漁していた西・南宇和郡の漁船が転覆し、死者・行方不明53人となった。 続きを読む

明治42年の台風

明治42年(1909)8月、暴風雨により、高知県南西部沿岸にサンゴ漁に出ていた漁船が遭難漂流し、郡内漁民15人が死亡、53人が行方不明というこの地方最大の人的被害が出た。この時、猿鳴の漁民1人が死亡し、中浦の漁民3人が漂流中に救助されたという。 続きを読む

明治29年の台風

明治29年(1896)8月、暴風雨により大洪水となる。 続きを読む

明治23年の洪水

明治23年(1890)9月、豪雨のため大洪水となる。 続きを読む

1 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 16