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1997件のアーカイブスが見つかりました。

条件:香川県 渇水

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応安3年/建徳元年の干ばつ

応安3年/建徳元年(1370)6月8日から8月15日まで、干ばつ。(「香川県政史年表」、「香川用水史」、白鳥町広報・資料による) 続きを読む

応安3年/建徳元年の干ばつ

建徳元年(1370)6月8日から8月15日まで雨降らず、牛馬の悪疫流行。(「讃岐国大日記」による) 続きを読む

応安3年の干ばつ

応安3年(1370)6月~8月、雨降らず、牛馬の悪疫流行。(「讃岐国大日記」による) 続きを読む

建徳元年の干ばつ

建徳元年(1370)6月より8月中旬まで、降雨なく、牛馬の疫病流行。(「香川県気象災害史」、「香川県気象史料」、「香川県防災気象要覧」等による) 続きを読む

貞応元年の干ばつ

貞応元年(1222)、干ばつ。(「讃岐国大日記」、「高松藩記」、「三豊郡史」、「香川県気象災害誌」、「財田村年表」、「香川県史」による) 続きを読む

貞応元年の干ばつ

貞応元年(1222)、干ばつになった。(災害年表) 続きを読む

治承4年の水争い

治承4年(1180)夏、池田庄の名主公文源次と肥土庄の神人花安男との間で、梳原(肥土山石原)で用水のことで論争が起き、それが原因で花安男が殺された。このことがもとになって、池田と肥土山の地堺に八幡宮が創建され、富丘八幡宮を一の宮とし、この宮を二の宮と呼んだ。こ... 続きを読む

治承4年の水争い

治承4年(1180)夏、池田庄の名主公文源治と肥土庄の神人花安男との間で、梳原で用水をめぐって論争が起こり、花安男が殺される事件となった。これにより、二の宮と呼ばれる肥土山離宮八幡神社の創建につながったという。 続きを読む

久安6年の干ばつ

久安6年(1150)8月、讃岐、阿波、土佐などで干ばつ。(「香川県気象災害史」、「香川県気象史料」、「香川県防災気象要覧」等による) 続きを読む

久安6年の干ばつ

久安6年(1150)、干ばつのため、讃岐など11国実らず。(「台記」による) 続きを読む

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