検索結果

53件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 藍住町

年代順で並び替える : |

天正10年の洪水

天正10年(1582)9月5日、吉野川で洪水。中富川の合戦で大敗を喫した阿波三好家の十河存保は勝瑞に籠城し、長宗我部勢が包囲していたが、この吉野川の洪水で戦いの意志をくじかれた長宗我部勢が休戦に同意したことにより、十河存保は城を退去することができた。 続きを読む

天明7年4月の水害

天明7年(1787)4月25日、26日に出水があり、雑穀まで影響が出た。さらに藍作の畠地にゴミが入り、芽が出ず、藍の不作に困り果てた。(竹瀬村庄屋木内家文書による) 続きを読む

天明8年の洪水

天明8年(1788)、大水のため東中富の北川(旧吉野川)が北宮方面で150間(273m)、敷地方面で180間(284m)破損した。(今旧組頭庄屋山田家の「東中富北吉野川崩口の絵図」による) 続きを読む

享和元年の水害

享和元年(1801)、大きな水害があり、勧農普請で行った吉野川の250間の護岸工事のうち100間が崩れた。(東中富村庄屋犬伏家文書による) 続きを読む

安政元年の地震

image

安政元年(1854)11月4日、徳命の徳元嘉平翁の話によると、西貞方の操芝居を見物に行っていたところ、地震が起こり、芝居の中は大混雑となった。そこから逃れて徳命に帰り、八幡神社前にかかると、1丈7尺の大御影石の鳥居が倒壊し、八幡宮、牛頭天王、天神宮の三社は揺り... 続きを読む

万延元年5月の洪水

万延元年(1860)は、春から雨が降り続き、5月に入っても変わらず度々洪水となった。堤が破れ、2町の田地が大砂入となった。(竹瀬村木内家文書による) 続きを読む

慶応2年の寅年の大水

慶応2年(1866)8月5日、大水のため東中富で破堤した。(今旧組頭庄屋山田家の文書による) 続きを読む

慶応3年の洪水

慶応3年(1867)、大水のため東中富の大川(吉野川)筋で500間(900m)破堤した。(今旧組頭庄屋山田家の文書による) 続きを読む

明治15年の洪水

明治15年(1882)8月6日、東中富で吉野川と旧吉野川が破損した。 続きを読む

明治23年9月11日の水害

明治23年(1890)9月11日の水害により、米100分の5、大豆100分の5、浸水地所10分の2の被害。 続きを読む

1 2 3 4 5 6