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6件のアーカイブスが見つかりました。

条件:愛媛県 松山市 立岩川 明治・大正時代

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大正15年7月5日の豪雨

大正15年(1926)7月5日~7日の豪雨により、粟井坂道路が崩壊、粟井村各所の貯水池の土手が決壊した。また、北条町鹿島の人家が崩壊し、7日午前5時20分頃、国鉄が工事中の粟井坂トンネルは降雨のため崩壊した。同所の県道も崩壊し、交通途絶となった。大井北条間の鉄... 続きを読む

大正元年の台風

大正元年(1912)9月22日午前10時、松山測候所は暴風雨の警標を掲げたが、夕刻より絶え間なく降り出し、風も加わり、23日午前12時頃最も猛烈を極めた。この暴風雨により、河野村では圧死者1人、堤防破壊15箇所72間、道路損害11箇所延長145間、田地の流失1... 続きを読む

明治19年9月18日の台風

明治19年(1886)9月18日、暴風雨に見舞われ、神田・波田・八反地の3村では9月22日に立岩川の高土手堤防約1,300mが決壊し、溺死者9人、家屋流失10数戸、田地流失45ha。(「愛媛県警察沿革資料」、「松山西署沿革誌」による)尾儀原村など立岩川流域各村... 続きを読む

明治19年9月10日の台風

明治19年(1886)9月10日、暴風雨、洪水。(「立岩川洪水記念碑」による) 続きを読む

明治19年8月の台風

明治19年(1886)8月20日、暴風雨、洪水。(「立岩川洪水記念碑」による) 続きを読む

明治19年の洪水

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明治19年(1886)、立岩川で洪水が起こった。明治26年(1894)に、才ノ原地蔵堂の前庭に立岩川堤防修築完成を記念して「立岩川洪水碑」が建立された。その碑文には「宮ノ上部落の一酒家の主翁が倉と共におし流された」と記されている。 続きを読む