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天保7年の大雪

天保7年(1836)10月18日朝より夕方まで大雪、最晩稲稔らず、米価昇る。(「森村史」による) 続きを読む

天保7年の大火

天保7年(1836)10月29日、下ノ加江で大火。(「高知県歴史年表」による) 続きを読む

天保7年の大火

天保7年(1836)10月29日、下ノ加江で大火、家117軒焼失。(「高知県歴史年表」、「御家年代略記」による) 続きを読む

天保8年の干ばつ

天保8年(1837)夏、干ばつ打ち続くこと甚だしく、田圃に濯ぐ水に窮し、土瓶に井戸水を入れて稲の根元に給せりと、ために作物尽く枯死し、収穫皆無の状態となり、本村民の多くはオボツコを食し、鈴江渡付近の砂子に薄貝を漁り、かろうじて飢餓を免れたりという。(「川内村史... 続きを読む

天保8年の長雨・干ばつ

天保8年(1837)、長雨、虫害、干害。 続きを読む

天保8年の干ばつ

天保8年(1837)夏、干ばつ打ち続くこと甚だしく、田圃に濯ぐ水に窮し、土瓶に井戸水を入れて稲の根元に給せりと、ために作物尽く枯死し、収穫皆無の状態となり、本村民の多くはオボツコを食し、鈴江渡付近の砂子に薄貝を漁り、かろうじて飢餓を免れたりという。(「川内村史... 続きを読む

天保8年の干ばつ・水害

天保8年(1837)、旱害、水害により米価高騰。(「田野村誌」等による) 続きを読む

天保8年の長雨

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天保8年(1837)、長雨が打ち続き、農作の被害甚大で、県南地方では50年来の洪水となった。県下一般に餓死する者多く、木葉を摘み木の実を拾い、曼珠沙華の根を掘り食い命を繋いだ。藩は米倉を開いて窮民を賑救したが、名東郡では8月から10月に至る50日間、新居村不動... 続きを読む

天保8年の長雨

天保8年(1837)、長雨の害。(那賀川洪水・災害年表による) 続きを読む

天保8年の長雨

天保8年(1837)春から秋にかけて、長雨による凶作のため、死者178人。藩より「天下泰平五穀成就」の祈願をとの下命があった。(町内4寺院の過去帳調査による) 続きを読む

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