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天保14年(1843)7月6日~7日、激しい降雨で吉野川をはじめ各河川はあふれて出水になった。「七夕水」と呼ばれた。この水害については「元木氏記録」、「勝浦郡志」の記事が掲載されている。 続きを読む
天保14年(1843)7月6日、七夕水。(「神領村史」による)/5日晩より雨、6日未明よりごく大降り、7日夜5ツ時出水、9ツ時まで土手3合まで、御国水故前川大水、翌8日水も少し引方に候ところ、またまた奥水7ツ時分来たり前回同様3合まで。徳島より南方とりわけ大い... 続きを読む
天保14年(1843)7月5日、6日の洪水は七夕水と呼ばれ、50年来の大水であった。(「板野郡誌」による)/この大水は「御国水故前川大水」(「元木文書」による)と記されたように、地元の阿波に降った集中豪雨による「御国水」であった。/「川内村史」では、7日朝から... 続きを読む
天保14年(1843)7月6日、7日の七夕水で、那賀川仁宇津渡し附近の川幅が普段の40間程から80間幅となり、水の高さは普段の三間半増しとなった。(小仁宇村秋本家文書による) 続きを読む
天保14年(1843)7月6日晩から7日朝にかけて風雨が強くなり8日まで雨が降り続き、河川の氾濫により大きな被害を招いた。7月7日の風雨が激しかったため、七夕水と言われている。(上山村上分の庄屋栗飯原家文書による) 続きを読む
天保14年(1843)7月7日朝より翌朝まで大雨が降り、勝浦郡では洪水により流家何百軒か数知れず、死人は田野浦村だけでも50人ほどもいたようである。徳島富田の家中でも座上5、6尺に達し、死人が出たようである。 続きを読む