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文久元年の長雨

文久元年(1861)、昨年秋と今春の雨不順により凶作、郡中へ米麦各1,500俵下付。(「大山祇御頭記録」による) 続きを読む

文久元年の洪水

文久元年(1861)、酉の水。北方では阿房水と言われて、大きな出水であったが、那賀川筋ではそれほどでもなかったようである。平島村では工地の車ノ本や役所原などに水入地があり、鍬下(税の免除)を受けたくらいであった。 続きを読む

文久元年の洪水

文久元年(1861)、洪水。 続きを読む

文久元年の大雨

文久元年(1861)2月末、大雨のため、雁切橋(紅葉橋)が流失した。 続きを読む

文久元年の大雨

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文久元年(1861)2月26日~27日及び29日~30日、大雨。真覚寺日記には「26日夜大雨、27日大風雨添、夜に入ますます風雨暁に至てやむ、28日晴、29日九ツ半(13時)頃より雨夜大雨、30日雨八ツ(14時)頃雨止む、3月1日此間中の大雨に雁切川の新橋破れ... 続きを読む

文久元年の干ばつ

文久元年(1861)4月~6月、干ばつにて芋植えできず。(「堺屋記録」による) 続きを読む

文久元年の干ばつ

文久元年(1861)5月初旬以来、干天が続いた。郡中地方では6月23日、24日に戎社で雨乞い踊りを行い、7月2日には総村千人踊りの雨乞いを実施した。7月16日に雨が降り始め、17日には大雨となった。(「塩屋記録」による) 続きを読む

文久元年の干ばつ

文久元年(1861)5月~7月、干ばつ。真覚寺日記には「6月9日諸方雨乞の祈祷有という。近年未曾有の旱ばつ也、6月20日此頃の旱魃一宮近辺別して甚しく水に乏しく田畑は勿論朝夕飯事に用ひるさへ不自由也という。雁切川徒渡り石立八幡辺りまでも同断、6月22日夜四ツ半... 続きを読む

文久元年の干ばつ

文久元年(1861)5月初旬以来、干天が続いた。郡中地方では6月23日、24日に戎社で雨乞い踊りを行い、7月2日には総村千人踊りの雨乞いを実施した。7月16日に雨が降り始め、17日には大雨となった。(「塩屋記録」による) 続きを読む

文久元年の干ばつ

文久元年(1861)5月~7月、干ばつ、。但し、豊作。 続きを読む

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