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大正7年の洪水

大正元年(1912)の洪水及び大正7年(1918)の洪水を契機に、那賀川沿岸の住民は改修の必要を訴えた。この結果、那賀川は大正12年(1923)に重要河川に指定され、昭和4年(1929)には直轄改修事業が開始されることになった。 続きを読む

大正7年の干ばつ

大正7年(1918)、三野町で干ばつ、清水で雨乞い。 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)、鞍瀬川が2度にわたり出水し、明河小学校の校舎が3尺浸水し、大きく傾斜した。(「田野村誌」等による) 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)、洪水により、香東川では中森の堤防が、本津川では相作の堤防が切れ、中津の西方から郷東一帯は泥沼の海と化した。この洪水で定木、青木、相作頭の墓地が流れ、探すのに苦労したと言われている。洪水後に、柦紙村と弦打村が共同して耕地整理を行った。(唐渡... 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)、大洪水により、土器川の沿川一帯が激甚な災害に見舞われた。大正元年及び大正7年の洪水を契機に、香川県が河川改修に着手した。 続きを読む

大正7年の風雨

大正7年(1918)、大川郡では強風、豪雨のため、田畑の浸水、家屋の流失、稲の倒伏等の被害が大であった。 続きを読む

大正7年の水害

大正7年(1918)の水害の写真1枚。和食殿谷医院付近から西町を望む。 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)、暴風雨、大洪水により、三好郡で災害。 続きを読む

大正7年の洪水

大正7年(1918)、大洪水により、小浜で最大20.6mを記録。 続きを読む

大正7年の水害

大正7年(1918)、井口の三左川の決壊により、砂利が流出し、これを盛口村役場の敷地造成に利用した。 続きを読む

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