検索結果

29856件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、旧大洲町肱北地区で肱川の堤防が決壊し、新町・若宮地区に多大な被害を与えるとともに、大洲盆地全域を泥海と化した。現在の大洲市域の被害は死者28人、住家の流失7戸、全壊74戸、半潰103戸、床上浸水3,872子、床下浸水477戸等に及ん... 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月、重信川の南堤防が決壊して、拝志村は未曾有の大水害を蒙った。(東温市の水利年表) 続きを読む

昭和18年の台風

昭和18年(1943)7月、9月、二度暴風雨。 続きを読む

昭和18年の大雨

昭和18年(1943)7月、大雨が数日降り続き、僧都川の堤防が城辺地区で2箇所大きく決壊し、御荘町でも観栄橋付近で土手が崩れ、和口橋や観栄橋も流失し、田地が浸水したり、土砂に埋まるなど被害は甚大であった。菊川地区では、軍用資材の切り出しが行われていたため。各所... 続きを読む

昭和18年7月の台風

昭和18年(1943)7月、台風。(宇和島測候所による) 続きを読む

昭和18年の台風

昭和18年(1943)7月、台風による水害のため、重信川流域では被害が氾濫面積200町歩、堤防決壊8箇所に及んだ。鉄道は郡中線の被害がひどく、水中に線路が埋没してしまう状態であった。勤労奉仕隊として松山高等学校の生徒が20日間にわたり動員され、線路の復旧にあた... 続きを読む

昭和18年の豪雨

昭和18年(1943)7月21日~24日、700ミリを越す記録的な豪雨となり、河川の堤防は各所で決壊した。日土では喜木川が氾濫、役場が流され、五反田川は元井橋から千畳の方に流れ、清滝橋が流失し、千丈川も溢れ、今の新開町、木多町あたりを流し、昭和通り付近は一面の... 続きを読む

昭和18年7月の台風

昭和18年(1943)7月22日18時に、台風は室戸岬南方500kmの海上に達し、23日頃まで停滞気味で、24日に愛媛県を北上して日本海に出た。この台風と不連続線の活動により、九州東岸、四国及び中国では21日から24日にかけて降雨が連続して、記録的な暴風雨とな... 続きを読む

昭和18年の水害

昭和18年(1943)7月21日~23日、雨が降り続き、雨量は700ミリ、水位は28尺(約8.5m)に達した。大洲市の被害は死者・行方不明45人、住家の流失123戸、全壊・半壊305戸、床上・床下浸水7,477戸、非住家の流失227戸、全壊167戸、床上・床下... 続きを読む

昭和18年の洪水

昭和18年(1943)7月21日~24日までの4日間、豪雨が降り続き、その雨量は松山で540ミリ、川上で800ミリに達した。この豪雨により重信川は増水し、23日午前9時に北伊予村徳丸の左側堤防が、続いて拝志以下6箇所の堤防が決壊し、濁流は拝志村、荏原村、北伊予... 続きを読む

1 1,998 1,999 2,000 2,001 2,002 2,003 2,004 2,005 2,006 2,007 2,008 2,986