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昭和21年(1946)、南海地震による地盤沈下のため、白鳥の松原は浸蝕され、東部の新川流域の耕地も低地と化し、海水が浸入するようになった。このため、流域の排水不良は言うに及ばず、数十糎の降雨でも田畑の湛水が甚だしく、住居は床下浸水となることを常とするようになっ... 続きを読む
昭和21年(1946)の南海地震で、海南町の家族が持ち物を準備していて逃げ遅れ、津波が押し寄せる中を必死に逃げたが、四女を背負った長女は津波に行く手を阻まれて「お母ちゃん行けんもん」と言ってこの世を去った。(「宿命の浅川港」による)地震後は津波に備えて一刻も早... 続きを読む
昭和21年(1946)1月19日午前9時頃、県立中村高等女学校寄宿舎より出火、隣接の校長公舎と棟続きの炊事室、行動等を瞬く間に焼き払い、校舎一歩手前でようやく鎮火。他への類焼はなかったが、普通民家数十軒分に相当する大火であった。 続きを読む
昭和21年(1946)1月19日午前9時頃、県立中村高等女学校寄宿舎より出火、隣接の校長公舎と棟続きの炊事室、行動等を瞬く間に焼き払い、校舎一歩手前でようやく消し止めた。他への類焼はなかったが、東側の小路を隔てた本町浦の人家は一時危険に瀕した。学校内の一部分と... 続きを読む
昭和21年(1946)12月21日早朝発生した南海大地震により、本県は甚大被害を受けた。特に太平洋岸の浅川・鞆奥・宍喰は大津波により人家の被害が大きく、多くの死者を出した。三好郡の被害は少なく、住家全壊3戸、半壊3戸にとどまった。、(「阿淡年表秘録」、「徳島県... 続きを読む
昭和21年(1946)4月26日午後11頃、紺屋町西側から出火し、20戸を全焼し、午前1時に鎮火した。原因はかまどの火の不始末で、損害は200万円。(中村市消防署資料による) 続きを読む
昭和21年(1946)5月、大谷池の副堤が突如決壊して、6人の人命と家財、農地等に甚大な被害を与えた。関係者は戦後物資の不足な時代に4ヶ年の歳月と出役人夫3万人余、事業費2,200万円余により復旧した。(「大谷池副堤復旧記念碑」の碑文による) 続きを読む