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享和2年の洪水

享和2年(1802)8月6日、洪水、損毛8万5千石許、米価騰貴、酒造半減を命ず。(「宇和島覚書」による) 続きを読む

享和2年の風水害

享和2年(1802)8月6日、風水害。(「徳島県災異誌」、「徳島県警察史」による) 続きを読む

享和2年の大雨

享和2年(1802)8月6日、大雨、洪水。 続きを読む

享和2年の洪水

享和2年(1802)8月6日、出水。 続きを読む

享和2年の火災

享和2年(1802)12月30日朝四ツ時(10時)、細工町から出火し、西風烈しく山田町、廿代田、蓮池町、紺屋町、新堀、菜園場、農人町、新町、鉄砲町を通して一戸残らず焼失した。さらに火は下知村の農家全部を焼失し、夜六ツ時(6時)鎮火した。焼失戸数は1,100軒と... 続きを読む

享和3年の水論

享和3年(1803)、小沢川村と波岡村の間で水論が起こったが、小沢川下井手から波岡一の井手へ5分(半分)宛分水することで一応落着した。しかし、その後も争いは続き、明治18年(1885)の大審院の判決で、ようやく決着した。 続きを読む

享和3年の水論

享和3年(1803)、吉田領小沢川村と波岡村で水論。(「三間町誌」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、洪水により、吉田藩の損毛は田畑計12,120石に及んだ。(「藤蔓延年譜」による) 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、重信川の堤防決壊により、被害は志津川以西の各村に及び、「牛渕の平地4尺余浸水」(八木仁平覚書)にあるように野田、高井にまで達したと記録されている。 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、洪水のため、諸記録流出。(「山田文化小史」による) 続きを読む

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