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享和3年5月の洪水

享和3年(1803)5月、洪水、損毛1万7千石。(「伊予風水害小史(宇和島覚書)」による)/5月、大風雨。(「伊予風水害小史(宇和島吉田両藩誌)」による) 続きを読む

享和3年5月の洪水

享和3年(1803)5月、風雨、洪水。(愛媛県災害年表) 続きを読む

享和3年の大雨・干ばつ

享和3年(1803)5月4日、大雨、洪水。6月~8月、干ばつ。損害田畑合計12,120石余。(「藤蔓延年譜」による) 続きを読む

享和3年の大火

享和3年(1803)8月9日午前2時、壬生川村で大火があった。火災の発生地区は現在の高橋町、仲之町で、総戸数の三分の一の109軒を焼失し、約600人が路頭に迷った。この時消火用として大きな役割を果たした井戸(豪農高橋与五衛門の井戸)が、現在も防火用井戸として大... 続きを読む

享和3年の大火

享和3年(1803)8月9日夜丑刻、壬生川村で大火があり、109軒が焼失したため、幕府に届けたという記録がある。 続きを読む

享和3年8月の風雨

享和3年(1803)8月15日及び28日、大風雨。(伊予風水害小史(大洲藩譜)」による) 続きを読む

享和3年8月の風雨

享和3年(1803)8月15日~28日、風雨。(愛媛県災害年表) 続きを読む

享和3年8月の風雨

享和3年(1803)8月15日及び28日、風雨。 続きを読む

文化元年の干ばつ

文化元年(1804)は雨が少なく、太田村では平池から水が流れてこないので困った。6月29日夜中の12時頃に、太田村の農民は平池尻に押し寄せて、池守の制止を振り切って、揺裾にあった亀甲石を破壊して、セリ板を切り棄て、東の百相村や法然寺領の田に水が行かないようにし... 続きを読む

文化元年の干ばつ・洪水

文化元年(1804)、干ばつ、洪水。(「近藤林内日記」、「学校日誌」による) 続きを読む

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