検索結果

29856件のアーカイブスが見つかりました。

条件:

年代順で並び替える : |

大正12年の大干ばつ

image

大正12年(1923)8月から9月にかけて40余日打ち続く干ばつに困り果てた萩原村が、大谷池の横井水溜まりの地面を掘り割って集水し発動機で揚水していることが発覚し、これを中姫村が配水既定(萩原4分、中姫6分の配水権)違反として中止要請した。萩原村がこれを拒否し... 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日、大洪水により、河川の流出、堤防の決壊多し。(「明浜こぼれ話」、「愛媛県史」、「東宇和郡沿革史」等による) 続きを読む

大正12年の豪雨

大正12年(1923)7月11日~12日、豪雨。 続きを読む

大正12年の洪水

image

大正12年(1923)7月11日、数十年来の大降雨があり、小田川の増水は甚だしく、字上村新川筋堤防決壊2箇所、矢ヶ谷・鳥越方面の高い道路さえ数寸の流水がある有様であった。町全部が浸水し、田畑、山林の被害は甚大で、豊秋橋は流失した。豊秋橋の復旧工事として鉄筋コン... 続きを読む

大正12年7月の豪雨

大正12年(1923)7月11日、豪雨により、雨量200ミリを記録。河川の流出、堤防の決壊多し。(「愛媛県史」、宇和島測候所の記録による) 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日、大雨により中南予で死者10人、家屋流失127戸。重信川出水で、斉院之瀬橋流失、被害激甚。 続きを読む

大正12年の大雨

大正12年(1923)7月11日~12日、梅雨前線のため豪雨となり、県下の各河川は増水し、特に中予・南予に大きな被害をもたらした。温泉郡では重信川、石手川等の堤防が決壊、喜多郡では肱川等の堤防が決壊、内子分署館内で死者8人等の被害が出て、西宇和郡、東宇和郡でも... 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日、連日の降雨のため、吉野川は増水し、白地渡船場で午後12時に1丈9尺を記録した。被害は山城谷村字猫坊付近の国道の崩壊1箇所、同村大谷橋の国道の流失、佐馬村大字白地の堂床橋の流失、天神橋上手の国道の崩壊1箇所、池田町の北条病院前の... 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日~12日の大雨により、12日午後に石手川が決壊し、80余町の水田流失した。大谷川の出水も甚だしく、消防団員が総出動し、郡中署からも所長以下現場に出動し、警戒に努めた。矢取川も出水して神崎伊予神社付近に濁流が氾濫し、松前方面の稲に... 続きを読む

大正12年の洪水

大正12年(1923)7月11日、前線のため、小野川と重信川で出水、余土、市坪、石井で堤防決壊、大水害を被った。(重信川水系の主な災害による) 続きを読む

1 1,213 1,214 1,215 1,216 1,217 1,218 1,219 1,220 1,221 1,222 1,223 2,986