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明治5年の洪水

明治5年(1872)10月1日午頃から降り出し、吉野川は2日夜半大水となり、北島堤防が切れた。死者100人余。明治7年2月より堤防普請して、旧土手より5尺程高くなった。(西川田の尾上利平氏記録による) 続きを読む

明治5年の竜巻

明治5年(1872)5月13日午前11時半頃、阿波郡で竜巻が起こり、岩津から日開谷に進み、土成浦の池で止んだ。一団の黒烟は高さ70~80尺、轟々の響きと塵烟は方10間の火柱が立ったように見え、家屋倒壊11戸、半壊9戸、重傷1人、軽傷9人の被害を出した。 続きを読む

明治5年の洪水

明治5年(1872)5月、鶴市の相作堤防が60間決壊し、耕地40町歩、民家30戸流失、60戸浸水の被害が出た。(元木繁尾氏の資料による) 続きを読む

明治5年の干ばつ

明治5年(1872)6月、降雨なし。(「堺屋記録」による) 続きを読む

明治5年の地震

明治5年(1872)2月6日から3月6日まで、1ヶ月間の長期にわたって、断続的に地震が起こり、人々に恐怖を与えた。(椋名の庄屋・柳原家の記録「柳原家記録願控」による) 続きを読む

明治5年の地震

明治5年(1872)2月6日から3月6日まで、1ヶ月間の長期にわたって、断続的に地震が起こり、人々に恐怖を与えた。(椋名の庄屋・柳原家の記録による) 続きを読む

明治5年の肥土山地すべり

明治5年(1872)、肥土山で地すべりがあり、民家、農地が被災した。 続きを読む

明治5年の水争い

明治5年(1872)、金川村と三角寺村の間に水争いがあった。谷水が等分に流れるように置いていた分水石を切って流量を変えたため、水争いが起こった。(「惣改帳」による) 続きを読む

明治5年の水論

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明治5年(1872)、新居郡の高柳泉大股で水論。(「近藤晴清「愛媛県国領川流域における水利の歴史地理学研究」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

明治4年11月の地震

明治4年(1871)11月2日、地震。(「徳島県災異誌」等による) 続きを読む

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