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天保14年の洪水

天保14年(1843)7月7日、大洪水により勝浦川が大氾濫した。「七夕水」と呼ばれた。下流の沼江、中角、今山はもちろん、宮井では井関がつぶれ、本庄では丈六寺山門の下手の土手が破堤し、大災害を受けた。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月7日、大洪水により勝浦川が大氾濫した。「七夕水」と呼ばれた。下流の沼江、中角、今山はもちろん、宮井では井関がつぶれ、本庄では丈六寺山門の下手の土手が破堤し、大災害を受けた。(「勝浦郡志」による) 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月5日より三日間豪雨、大洪水により、7日、吉野川の堤防決壊して大災害になった。「七夕水」という。(「徳島県災異誌」、「徳島県史」、「徳島県史料年表」、「吉野川」、「松島町史」等による) 続きを読む

天保14年の七夕水

天保14年(1843)7月1日以来の大雨によって、7日には吉野川をはじめ各河川が氾濫した。これを卯の七夕水という。特に勝浦川流域の被害は大きかったようである。宮井村庄屋・平岡邦平の記録によると、農家54県が流失し、地高4,300石が被害を受け、そのうち1,45... 続きを読む

天保14年の干ばつ

天保14年(1843)7月7日から8月15日まで、干天。(「教法寺過去帳に見る幕末の世情」による) 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月7日朝より翌朝まで大雨が降り、勝浦郡では洪水により流家何百軒か数知れず、死人は田野浦村だけでも50人ほどもいたようである。徳島富田の家中でも座上5、6尺に達し、死人が出たようである。 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月5日、6日昼夜大降雨、7日大洪水。吉野川では大洪水により流家が多く、50年来の大水と言われた。「七夕水」という。 続きを読む

天保14年7月の水害

天保14年(1843)7月7日、水害。七夕水。(高原村元木家「かどや日記」による) 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月7日、吉野川大洪水。(「吉野川」による) 続きを読む

天保14年の洪水

天保14年(1843)7月5日、6日の洪水は七夕水と呼ばれ、50年来の大水であった。(「板野郡誌」による)/この大水は「御国水故前川大水」(「元木文書」による)と記されたように、地元の阿波に降った集中豪雨による「御国水」であった。/「川内村史」では、7日朝から... 続きを読む

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