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享和3年の干ばつ

享和3年(1803)5月から9月上旬まで降雨なく、旱損。 続きを読む

享和3年5月の台風

享和3年(1803)5月、暴風雨、洪水。 続きを読む

享和3年の火災

享和3年(1803)2月2日5ツ半頃、甲浦の東股で火災が発生し、7ツ頃に鎮火した。この火災で111軒が焼失した。 続きを読む

享和3年の大火

享和3年(1803)2月2日、甲浦東町で大火事、111軒焼失。 続きを読む

享和2年の火災

享和2年(1802)12月29日朝四ツ時(10時)細工町より出火、西風強く山田町、廿代町、蓮池町、紺屋町、新堀、菜園場、農人町、森町、鉄砲町を通じて一戸を残さず、下知村の農家に及び焦土と化し夜六ツ時(18時)鎮火した。1,100軒余焼失。(「高知市史」による) 続きを読む

享和3年の水論

享和3年(1803)、小沢川村と波岡村の間で水論が起こったが、小沢川下井手から波岡一の井手へ5分(半分)宛分水することで一応落着した。しかし、その後も争いは続き、明治18年(1885)の大審院の判決で、ようやく決着した。 続きを読む

享和3年の水論

享和3年(1803)、吉田領小沢川村と波岡村で水論。(「三間町誌」による)(伊予の水論〔水争い〕年表) 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、洪水により、吉田藩の損毛は田畑計12,120石に及んだ。(「藤蔓延年譜」による) 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、重信川の堤防決壊により、被害は志津川以西の各村に及び、「牛渕の平地4尺余浸水」(八木仁平覚書)にあるように野田、高井にまで達したと記録されている。 続きを読む

享和3年の洪水

享和3年(1803)、洪水のため、諸記録流出。(「山田文化小史」による) 続きを読む

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