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昭和24年(1949)7月31日、昨夜来の豪雨のため、小川堤防危険との情報があり、急報サイレンにより警防団員が召集された。御用橋は通行禁止。不動橋付近が危ないとの情報で警防団員が急行したが、既に不動橋付近の道路は浸水して近づけず。為久堤防を防ぐため、しぶ木流し... 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日夜から31日にかけて、豪雨のため、吉野川沿岸水害の被害額は16億円に及んだ。死者11人、行方不明2人、負傷者18人、家屋の全壊77戸、半壊33戸、流失40戸であった。 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日夜から31日朝にかけて県下をかすめたヘスター台風により、吉野川が増水し、脇町地区では床上浸水16戸、道路崩壊4箇所、岩倉地区では冠水田畑12町歩などの被害が出た。県は8月2日、県下で初めて災害救助法を発動した。 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日、ヘスター台風が三重県に上陸後、若狭湾に入って消滅した。県内の大部分では100ミリ以下の雨で終わったが、岩倉で236ミリを計測し、半田町付近で集中大雨となり、被害をもたらした。被害は死者10人、負傷者12人、行方不明2人、家の全... 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日、ヘスター台風が三重県に上陸後、若狭湾に入って消滅した。県内の大部分では100ミリ以下の雨で終わったが、岩倉で236ミリを計測し、半田町付近で集中大雨となり、被害をもたらした。被害は死者10人、負傷者12人、行方不明2人、家の全... 続きを読む
昭和24年(1949)7月30日~31日、デラ台風が県北地方を荒らす。井川谷の集中豪雨(600ミリの降雨)により、井川谷で流失家屋9戸、死者・行方不明2人、牛流失死亡4頭、橋流失3箇所、山崩壊3箇所、共同水車1流失、佐古戸の谷山津波、人家崩壊、県道流失崩壊。 続きを読む