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2169件のアーカイブスが見つかりました。

条件: 土砂災害

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昭和47年の大雨

昭和47年(1972)7月4日~6日、日本海をゆっくり東に進む低気圧に向かって東シナ海から湿った暖気が流入し、西日本では雷を伴った局地的大雨が群発した。高知県繁藤の山崩れなどで生き埋め事故が続発した。県内でも阿南市を中心に家屋の浸水、山崩れなどの被害が出た。(... 続きを読む

昭和47年7月の大雨

昭和47年(1972)7月4日~6日、東に進む低気圧に向かって、東シナ海から湿った暖気が流入し、西日本では雷を伴った局地的大雨が群発し、高知県の繁藤災害等が続発した。県内でも阿南市を中心に家屋の浸水、山崩れなどの被害が出た。総降水量は山口556ミリ、富岡320... 続きを読む

昭和47年の洪水

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昭和47年(1972)7月4日、梅雨前線による洪水のため、山田堰が一部崩壊、床下浸水144戸、被災農地150ha、土砂崩れ発生、死者61人。(物部川の主な洪水の歴史による) 続きを読む

昭和47年7月の洪水

昭和47年(1972)7月4日~13日、梅雨前線等により、市内で山崩れ、浸水の被害。 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

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昭和47年(1972)7月5日、高知県中央部の豪雨により、天坪では連続雨量741ミリを記録した。土佐山田町繁藤で発生した大崩壊は、土讃線繁藤駅に停車中の列車を押し流し、救援の水防団員等60人を犠牲にした。崩壊した土量は約1万立米に及んだ。写真4枚。 続きを読む

昭和47年7月の豪雨

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昭和47年(1972)7月5日、南国市の北部地区で豪雨となった。土佐山田町繁藤では、一日741ミリ、一時間最大100ミリ近くの豪雨に見舞われ、行方不明の消防団員の捜索作業にあたっていた消防団員ら200人のうち、二度目の大崩壊のため60人が死亡、行方不明となる大... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

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昭和47年(1972)7月4日夜、土佐山田繁藤地区は豪雨に見舞われ、地区住民の一部には避難命令が出されていた。5日6時45分頃民家の裏山が崩れ、消防団員1人が生き埋めとなり、消防団員地元民等97人が救出作業を行っていたが、10時50分頃救出作業中の消防団員や地... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

昭和47年(1972)7月5日、土佐山田町繁藤で集中豪雨のため崩壊惨事あり。 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

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昭和47年(1972)7月5日、梅雨明けを間近にして前線が再び活発になり、土佐山田町繁藤で2時間の雨量が167ミリに達した。午前5時過ぎ、幅20m、高さ25mの第一次崩壊が起こった。消防団員の生き埋め救出作業中に、第二次大崩壊が起こり、死者60人を出した。その... 続きを読む

昭和47年の繁藤災害

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昭和47年(1972)7月5日、低気圧により、土佐山田町繁藤でがけ崩れが起こり、被害は59人、行方不明1人、全半壊13戸、負傷者7人、崩壊土量10万㎡に及んだ。(吉野川上・中流域の主な土砂災害による) 続きを読む

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