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2169件のアーカイブスが見つかりました。

条件: 土砂災害

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明治25年の台風

明治25年(1892)7月23日、台風により、洪水、高潮。雨は四日間続き、山間部で山崩れ、平地部で洪水の被害あり。県下の死者は311人、家屋の流失644軒、田畑、道路などに被害甚大。(「徳島県災異誌」、「徳島県史」、「徳島県史料年表」、「吉野川」、「松島町史」... 続きを読む

明治25年の台風

明治25年(1892)7月23日、田野々では連日の豪雨のため旭川が氾濫し、葛又山(こずまたやま)の大崩壊のため葛又地区は全滅した。また、瀬津では川の水の高さが1丈余尺に達し、午後8時に府殿ごぼざこ山塩が湧出して下々の谷筋の田畑10余町程が流失した。さらに、高畑... 続きを読む

明治25年の杖追の崩壊

明治25年(1892)7月25日午前3時頃、川上村大字小川の杖追が崩壊して、海部川を堰き止めた。堰き止めにより、小川では川沿いの低地にあった家々と小川簡易小学校の校舎が流失し、死者2人を出した。死体は小川谷上流1.5km当たりの榎の木にかかっていたところを発見... 続きを読む

明治25年の保勢の崩壊

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明治25年(1892)7月25日午後2時頃、保勢が崩壊して、海部川を堰き止めた。崩壊により北岸の山麓にあった3家族11人及び山稼ぎ36人、馬3頭が家屋とともに生き埋めになった。堰き止めによってできた自然ダムの決壊日時は、同年7月31日の徳島日日新聞の記事により... 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日、台風のため、上那賀町大戸にある高磯山(611m)が土砂崩壊を起こした。那賀川は土砂によって堰き止められ、にわかの天然ダムによって上流では侵入被害で家屋が流出した。28日午後になって土砂ダムが崩壊したため、その洪水が下流の和食に... 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日、豪雨のため、那賀川中流の下木頭村大戸の高磯山北斜面が崩壊し、山麓の荒谷及び対岸の春森の2つの集落10数戸、60余人が埋没した。約400立米の崩土は那賀川を堰き止め、河水は対岸の春森へ河床から110mの高さまではい上がり、天然ダ... 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日、暴風雨、洪水により高磯山が大崩壊した。 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日、台風による豪雨のため、高磯山(標高611m)が崩壊し、流出した約400万立米の土砂により崩壊家屋15戸、死者65人の大災害を引き起こした。7月27日には、高磯山崩壊で土砂が那賀川を堰き止めてできた天然ダムが決壊し、「赤土水」と... 続きを読む

明治25年の高磯山崩壊

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明治25年(1892)7月25日午前11時から正午頃、台風による暴風雨で、上那賀町大戸の高磯山(611m)が崩壊した。崩壊した土砂は那賀川を越えて対岸の春森まであふれ、荒谷・春森の人家十数戸、60余名が埋没した。土砂は那賀川の流れをせき止め、天然ダムを形成した... 続きを読む

明治25年の赤土水

明治25年(1892)7月25日、高磯山が崩れて那賀川を堰き止めたため、下流の中野島村付近は数日流水がなくなるほどとなり、村人は岡山や富岡山に避難した。夜中になって赤土山が一時に押し寄せ、堤防を越えて流れ、床上浸水の家は100軒以上に及んだ。 続きを読む

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