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条件:徳島県 地震・津波

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昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)、南海地震津波が四国・紀伊半島沿岸域を襲った。次の南海地震は規模が大きく、21世紀前半にも起きると言われており、これらの地域では津波防災が急務となっている。この研究では、津波来襲時の避難行動に影響を及ぼす住民の意識構造について、四国沿岸の... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)、南海地震が発生した。この研究では、昭和南海地震の震源域を取り囲む、和歌山、徳島、高知の各地で体感された揺れに関する体験談を収集し、その分析から、これまでに神田らや武村・神田により震度インバージョンに基づき推定された昭和南海地震の震源モデ... 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)の南海地震で、阿南市の女性が必ず津波が来ると思い、近所の高い家に避難した。それは、この家に嫁ぐ時に父から地震があった時には必ず津波が来ると思い、高いところに避難するようにとの注意を受けたためであった。(「阿波の語り部」による) 続きを読む

昭和21年の南海地震

昭和21年(1946)、南海地震が発生した。南海地震防災を考える上で、過去に起きた地震のアスペリティの位置を捉えておくことが重要である。この研究では、美波町由岐地区で聴取した体験談と、これまでに徳島県の南部で得られている昭和南海地震の体験談をもとに、これまでに... 続きを読む

昭和21年の南海地震

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昭和21年(1946)の南海地震で、海南町の家族が持ち物を準備していて逃げ遅れ、津波が押し寄せる中を必死に逃げたが、四女を背負った長女は津波に行く手を阻まれて「お母ちゃん行けんもん」と言ってこの世を去った。(「宿命の浅川港」による)地震後は津波に備えて一刻も早... 続きを読む

昭和21年の南海地震

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昭和21年(1946)、南海地震により、桑野川下流に位置する一の堰(初代)の一部が損壊した。 続きを読む

昭和19年の東南海地震

昭和19年(1944)12月7日、熊野灘がM8.0の大地震が起こった。津波は伊豆半島から紀伊半島沿岸を襲い、被害は熊野灘沿岸で特に大きかった。徳島でも日和佐で2mの高さの津波を記録したが、被害はなかった。この時は戦時中であり、報道管制のため地震津波の被害は僅少... 続きを読む

昭和19年の東南海地震

昭和19年(1944)12月7日午後1時36分、熊野灘を震源とする東南海地震が発生した。脇町の震度は3で、美馬郡に被害はなし。 続きを読む

昭和19年の東南海地震

昭和19年(1944)12月7日午後1時36分頃、熊野灘を中心に震度6の東南海地震があった。徳島の震度は4で、海岸線に2mの津波があった。 続きを読む

昭和19年の東南海地震

昭和19年(1944)12月7日、M8.0の大地震が熊野灘で起こった。津波は伊豆半島から紀伊半島沿岸を襲い、被害は熊野灘沿岸で特に大きかった。徳島でも日和佐で高さ2mを記録したが、被害はなかった。 続きを読む

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